荀子 / 大略篇
不自嗛其行者,言濫過。古之賢人,賤為布衣,貧為匹夫,食則饘粥不足,衣則豎褐不完;然而非禮不進,非義不受,安取此?
新字:不自嗛其行者,言濫過。古之賢人,賤為布衣,貧為匹夫,食則饘粥不足,衣則豎褐不完;然而非礼不進,非義不受,安取此?
書き下し
自ら其の行ひに嗛(あきた)らざる者は、言濫(らん)に過ぐ。古の賢人は、賤しくして布衣(ほい)為(た)り、貧しくして匹夫為り。食へば則ち饘粥(せんしゅく)も足らず、衣れば則ち豎褐(じゅかつ)も完(まった)からず。然り而して礼に非ざれば進まず、義に非ざれば受けず。安(いづ)くんぞ此れを取らん。
現代語訳
自分の行いに満足できていない者ほど、言葉ばかりが度を越して大げさになる。昔の賢人は、身分が低くて無位の庶民であり、貧しくてただの一市民であった。食べようにも粥さえ足りず、着ようにも粗末な短い上着すら破れていた。それでも礼にかなわなければ官には進まず、義にかなわなければ物を受け取らなかった。いったい彼らは、どこからそのような身の処し方を得たのだろうか。
解説
冒頭の一句が鋭い指摘です。自分の行いに手応えがなく、内心で恥じている者ほど、言葉が大きくなり、話が誇張に流れていく。逆に言えば、言葉が過剰になっているときは、行いのほうが薄いというサインなのです。続けて荀子は、貧しさの極みにあった昔の賢人を挙げます。粥も足りず衣も破れているのに、礼に外れる官職には就かず、義に外れる施しは受け取らない。ここまで筋を通せた根拠はどこにあったのか、と問いかけて終わります。その答えは冒頭に返ってきます。彼らは自分の行いに恥じるところがなかったからこそ、言葉を飾る必要も、条件を譲る必要もなかったのです。私たちも、語る言葉を強くするより、まず行いを整える。そのほうが結局、言葉に力が宿ります。
この章句が説くこと
言行一致誇張する言葉清貧礼と義謙虚誠実
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