学則 / 對西肥水秀才問
如歲差。古來未有定數。以不佞思之。日月有盈縮一年而復初。故曆家能言之。如歲差。安知其非天之盈乎。自堯至今日。人見其盈而未見其縮安知數千歲之後必不縮乎。何則天地日月皆活物也。又授時法。已往。歲增一。將來。歲减一。吾不知數千萬年之後算盡時何如也。大氏不知其始。不知其終。吾處其中間。以蜉蝣之年量之。其愈精愈舛者以此。
新字:如歳差。古来未有定数。以不佞思之。日月有盈縮一年而復初。故暦家能言之。如歳差。安知其非天之盈乎。自堯至今日。人見其盈而未見其縮安知数千歳之後必不縮乎。何則天地日月皆活物也。又授時法。已往。歳增一。将来。歳减一。吾不知数千万年之後算尽時何如也。大氏不知其始。不知其終。吾処其中間。以蜉蝣之年量之。其愈精愈舛者以此。
書き下し
歳差の如きは、古来未だ定数有らず。不佞を以て之を思ふに、日月は盈縮有りて一年にして初めに復る。故に暦家能く之を言ふ。歳差の如きは、安くんぞ其の天の盈に非ざるを知らんや。堯より今日に至るまで、人其の盈を見て未だ其の縮を見ず。安くんぞ数千歳の後必ず縮まざるを知らんや。何となれば則ち天地日月は皆活物なればなり。又た授時の法は、已往は歳ごとに一を増し、将来は歳ごとに一を減ず。吾知らず、数千万年の後、算尽くる時は何如と。大氏其の始めを知らず、其の終りを知らず。吾其の中間に処りて、蜉蝣の年を以て之を量る。其の愈〻精にして愈〻舛ふ者は此を以てなり。
現代語訳
歳差については、古来まだ定まった数値がない。私の考えでは、日や月の運行には伸び縮みがあって、一年でもとに戻る。だから暦家はそれを説明できる。歳差もまた、天の伸び(の局面)でないとどうしてわかろうか。堯から今日まで、人はその伸びを見てきたが、縮むのはまだ見ていない。数千年の後に必ず縮まないとどうしてわかろうか。なぜなら、天地も日月もみな生きているものだからである。また授時暦の法では、過去にさかのぼれば一年ごとに一を増し、未来に向かえば一年ごとに一を減らす。数千万年の後、その数が尽きたときにどうなるのか、私にはわからない。おおよそ、その始まりも知らず、その終わりも知らない。私たちはその中間にいて、蜉蝣(かげろう)のような短い寿命で天を量ろうとしている。精密になればなるほど食い違うのは、このためである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷中問ふ、理学の称、信に聖学の実に称はず。然れども理の字の如きは、亦軽んずべからず。曰く、然り。孟子曰く、理義の我が心を悦ばすは、猶ほ芻豢の我が口を悦ばすがごとしと。是れなり。孟子の意は、物の条理有るを謂ふ。宋儒の意と頗る異なり。宋儒以為へらく、一の理の字、以て天下の事を尽くすべしと。殊に知らず、天下理外の物無しと雖も、然り而して、一の理の字を以て天下の事を断ずべからざることを。学者一の理の字に拠りて、以て天下の事理を断ずれば、議論聞くべくして、之を実に求むれば、則ち其の悉く中ることを得ず。夫れ古今の終始は、得て究むべからず。四旁の窮際は、得て知るべからず。近くは諸を身に取り、遠くは諸を物に取るも、凡そ其の形状性情、然る所以の故は、皆得て窮詰すべからざるなり。仏者は三千世界を説き、儒者は十二万九千六百年を以て一元と為す。然れども推して其の外に到れば、則ち亦皆得て知るべからざるなり。理の窮むべからざるや、見るべし。
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『学則』答屈景山書宋儒の伝注は、唯理を其の心に求めて以て之を言ふ。夫れ理なる者は定準無き者なり。聖人の心は得て測るべからず。唯聖のみ聖を識る。宋儒の為す所、豈に倨らざらんや。不佞は則ち敢へてせず。夫れ道は則ち高し美し。譾劣の資は企て及ぶべからず。故に卑卑焉として諸を事と辞とに求む。其の心に謂へらく、儒者の業は、唯古の聖人の書を守りて以て後世に詔ぐ、其れ斯れ可なりと。後賢の説は高妙なりと雖も、其の事辞に於いて合はざる有り。何を以て其の聖人の心と道とに於いて必ず合ふを知らんや。君子は其の知らざる所に於いて、蓋し闕如たり。且つ聖人の教へは天下に被る。天下の人、愚と不肖と亦た夥しいかな。故に卑卑焉たる者も、何ぞ必ずしも聖人の指に盭らんや。是れ不佞の心なり。
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『慎思録』巻之二天地既に闢けて後、五行の生ずるや、水火最も先にし、木金之に次ぎ、土最後に在り。然り而して水火は土に寓し、金木も亦た土に資りて生ず。則ち土は最も水火金木の先に在るべきに似たり。且つ土は即ち地なり。天と倶に在り。水火金木の生ずるを待ちて後に生ぜず。然るに其の序却って四者の後に在るは、何ぞや。窃かに謂ふ、水の査滓、火の灰燼、木金の陳腐、皆土に帰す。則ち須らく最後に在るべし。地を以て水火木金の後に生ずと為すに非ざるなり。愚見此くの如し。或ひと曰く、水火木金は、皆土に資りて生ず。猶ほ五常の信の後に在るがごとし。故に土却って水火木金の後に退き在り、と。二説は君子の訂正を俟つのみ。
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言志四録・言志耋録 第二百三十三条 天は測るべからず天は測るべからず、而も或いは測るべし。人は測るべし、而も或いは測るべからず。
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『呻吟語』内篇・應務・理を貶せず、又た人を駭かさず君子の事に處するに真見有るも、遽かに行はざるなり。又た眾見を驗し、眾情を察し、諸を理に協へて協ひ、諸を眾情・眾見に協へて協へば、則ち斷じて以て必ず行ふ。果たして理は當然にして、眾情・眾見の協はざるや、又た委曲して以て吾が理を行ふ。既に理を貶せず、又た人を駭かさず。此れを之れ理術と謂ふ。噫、惟だ聖人のみ之を能くす。獵較の類是れなり。
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『呻吟語』外篇・品藻・惟だ其の理のみ勢の為す可からずして猶ほ之を為す者有るは、惟だ其の理のみ。此を知らば則ち三仁は五臣と事功を比す可く、孔子は堯・舜と政治を較ぶ可し。
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