学則 / 對西肥水秀才問
承問。先王之敎。不過詩書禮樂。各成其德。各達其材而後世經生文士之習。與此相反。治敎異撰。儒吏殊用。此自足下卓見。深愜鄙衷。不佞中年。始祛舊習。足下妙齡。既能言之。何其有智無智相挍之至此也。後生可畏。豈不信乎。
新字:承問。先王之教。不過詩書礼楽。各成其徳。各達其材而後世経生文士之習。与此相反。治教異撰。儒吏殊用。此自足下卓見。深愜鄙衷。不佞中年。始祛旧習。足下妙齢。既能言之。何其有智無智相挍之至此也。後生可畏。豈不信乎。
書き下し
問ふを承く。先王の教へは、詩・書・礼・楽に過ぎず、各〻其の徳を成し、各〻其の材を達す。而るに後世の経生文士の習ひは、此と相反し、治と教と撰を異にし、儒と吏と用を殊にすと。此れ自ら足下の卓見にして、深く鄙衷に愜ふ。不佞は中年にして始めて旧習を祛ふ。足下は妙齢にして既に能く之を言ふ。何ぞ其の有智無智の相挍ること此に至るや。後生畏るべし。豈に信ならずや。
現代語訳
お尋ねを承った。「先王の教えは『詩』『書』と礼・楽にすぎず、それによって人それぞれがその徳を完成させ、それぞれがその才能を伸ばした。ところが後世の経書学者や文人の習いはこれと正反対で、治める道と教える道が別々になり、儒者と役人が別々の役目を担うようになった」——これはあなた自身の卓見であり、私の心に深くかなう。私は中年になってようやく古い習いを払いのけた。あなたは若くしてすでにそれを言うことができる。知恵のある者とない者の差が、どうしてこれほどまでに開くのか。「後生畏るべし」(『論語』)とは、まことにその通りではないか。
解説
肥前の秀才、水秀才の問いに「承問」で答えた六条の第一条の書き出しである。先王の教えは詩書礼楽に尽き、それで各人が徳を成し才を伸ばしたのに、後世は学問と政治、儒者と役人が分かれてしまった、という相手の見解に徂徠は深く同意する。自分は中年でようやく旧習を脱したのに、若くしてそれを言えるとは、と『論語』の「後生畏るべし」を引いて称える。成徳達材は徂徠の教育論の柱である。若い人の見識を素直に認める度量は、学び続ける組織のリーダーに欠かせない。
この章句が説くこと
先王詩書礼楽成徳達材人材後生
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