学則 / 與平子彬書
辱書。申以疇昔之論。亦何嗜學之甚也。近者或人之言。多類足下者然其所習本殊。故不佞不敢與校之。習殊則不能通。不能通斯窒。窒斯爭。勢所必至。惡其呶呶也。足下乃吾黨之士。是以盡我心焉耳矣。
新字:辱書。申以疇昔之論。亦何嗜学之甚也。近者或人之言。多類足下者然其所習本殊。故不佞不敢与校之。習殊則不能通。不能通斯窒。窒斯争。勢所必至。悪其呶呶也。足下乃吾党之士。是以尽我心焉耳矣。
書き下し
書を辱くす。申ぬるに疇昔の論を以てす。亦た何ぞ学を嗜むの甚だしきや。近者或人の言、多く足下に類する者あり。然れども其の習ふ所本殊なり。故に不佞敢へて之と校せず。習殊なれば則ち通ずること能はず。通ずること能はざれば斯に窒がる。窒がれば斯に争ふ。勢の必ず至る所なり。其の呶呶たるを悪むなり。足下は乃ち吾が党の士なり。是を以て我が心を尽くすのみ。
現代語訳
お手紙をいただいた。以前の議論を重ねて申し述べておられる。なんと学問を好む心の深いことか。近ごろある人たちの言うことには、あなたに似たものが多い。しかし彼らはもともと学んできたものが私と違う。だから私はあえて彼らと論じ合わない。学んできたものが違えば話は通じない。通じなければ行き詰まる。行き詰まれば争いになる。これは成り行きとして必ずそうなるものだ。私はそうした騒がしい言い争いを嫌うのである。しかしあなたは私の門下の人である。だからこそ心を尽くしてお答えするのである。
解説
門人の平子彬から、以前の議論を蒸し返す手紙が届いたことへの返書の書き出しである。徂徠は、学んできたものが根本から違う相手とは、話が通じず、通じなければ行き詰まり、行き詰まれば争いになると言い、だから世の論者とは論じ合わないと述べる。それでも門人には心を尽くして答えるという。古文辞学を唱えて朱子学者と対立した徂徠の、論争への醒めた構えがうかがえる。職場でも、前提の違う相手と言い合う前に、まず土台を共有できる間柄かを見極めることが、無駄な争いを避ける知恵になる。
この章句が説くこと
学問論争門人対話習い荻生徂徠
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