学則 / 答屈景山書
且足下所稱佛骨爭臣本論朋黨諸篇皆爭論之言也。足下既以無爭心見告。而其所愛乃爾者。不佞亦未知其何故也。然其無爭心者。豈誑我乎。意者足下之所貴。在氣。故不自覺其言之如是已。且何得已云者。孟子闢楊墨之言也。而足下之爲此言。其崇信韓歐。比諸聖人之道。亦何甚也。亦不擇言之過也。世儒崇信程朱。過於孔子。猶之今佛氏崇信法然日蓮。過於釋迦豈不類乎。足下思之。
新字:且足下所称仏骨争臣本論朋党諸篇皆争論之言也。足下既以無争心見告。而其所愛乃爾者。不佞亦未知其何故也。然其無争心者。豈誑我乎。意者足下之所貴。在気。故不自覚其言之如是已。且何得已云者。孟子闢楊墨之言也。而足下之為此言。其崇信韓欧。比諸聖人之道。亦何甚也。亦不択言之過也。世儒崇信程朱。過於孔子。猶之今仏氏崇信法然日蓮。過於釈迦豈不類乎。足下思之。
書き下し
且つ足下の称する所の仏骨・争臣・本論・朋党の諸篇は、皆争論の言なり。足下既に争心無きを以て告げらる。而るに其の愛する所乃ち爾る者は、不佞も亦た未だ其の何の故なるかを知らざるなり。然れども其の争心無き者、豈に我を誑かさんや。意ふに足下の貴ぶ所は気に在り。故に自ら其の言の是くの如きを覚えざるのみ。且つ「何ぞ已むを得ん」と云ふ者は、孟子の楊墨を闢くるの言なり。而るに足下の此の言を為す、其の韓欧を崇信して、諸を聖人の道に比すること、亦た何ぞ甚だしきや。亦た言を択ばざるの過ちなり。世儒の程朱を崇信して孔子に過ぐるは、猶ほ今の仏氏の法然・日蓮を崇信して釈迦に過ぐるがごとし。豈に類せざらんや。足下之を思へ。
現代語訳
それに、あなたが称賛する「論仏骨表」「争臣論」(韓愈)、「本論」「朋党論」(欧陽脩)などの諸篇は、みな論争の文である。あなたは争う心はないと告げておられながら、愛好するものがこのようであるのは、私にもその理由がわからない。しかし争う心がないというのは、どうして私を欺くものであろうか。思うに、あなたが尊ぶのは気(文の気勢)にある。だから自分の言葉がこうなっていることに気づかないのだろう。また「どうしてやめられようか」という言葉は、孟子が楊朱・墨子を退けたときの言葉である。それなのにあなたがこの言葉を使うのは、韓愈・欧陽脩をあがめ信じて聖人の道になぞらえることになり、なんと度が過ぎていることか。これも言葉を選ばない過ちである。世の儒者が程子・朱子をあがめ信じて孔子以上にするのは、今の仏教徒が法然・日蓮をあがめ信じて釈迦以上にするのと、似ていないだろうか。あなたはよく考えていただきたい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公元年 言を以て物を知る三月、甲辰、盟ふ。楚の公子圍服を設け衛を離ぬ。叔孫穆子曰く、「楚の公子美なり、君なるかな」と。鄭の子皮曰く、「二執戈の者前めり」と。蔡の子家曰く、「蒲宮に前有り、亦た可ならずや」と。楚の伯州犁曰く、「此の行や、辭して之を寡君に假れり」と。鄭の行人揮曰く、「假りて反さざらん」と。伯州犁曰く、「子姑く子皙の背誕せんと欲するを憂へよ」と。子羽曰く、「當璧猶ほ在り。假りて反さずとも、子其れ憂ひ無からんや」と。齊の國子曰く、「吾二子に代りて愍ふ」と。陳の公子招曰く、「憂へずんば何ぞ成らん。二子樂しめり」と。衛の齊子曰く、「苟くも或いは之を知らば、憂ふと雖も何ぞ害あらん」と。宋の合左師曰く、「大國令し、小國共す。吾共するを知るのみ」と。晉の樂王鮒曰く、「小旻の卒章善し。吾之に從はん」と。會より退く。子羽子皮に謂ひて曰く、「叔孫は絞にして婉、宋の左師は簡にして禮、樂王鮒は字しみて敬す。子と子家とは之を持す。皆保世の主なり。齊・衛・陳の大夫は、其れ免れざらんか。國子は人に代りて憂ひ、子招は憂ひを樂しみ、齊子は憂ふと雖も害せずとす。夫れ及ばずして憂ふると、憂ふべくして樂しむと、憂へて害せずとするとは、皆憂ひを取るの道なり。憂ひ必ず之に及ばん。大誓に曰く、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。三大夫憂ひを兆す、能く至ること無からんや。言以て物を知るとは、其れ是の謂なり」と。
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