学則 / 答屈景山書
來喩又以二公爲淺易。亦唯人心如面。非不佞所知也。不佞以爲深。足下以爲淺。其足下之以爲深者。不佞則謂淺。豈不氷炭之相反乎。亦習異耳。來喩又似謂文不必學者孔子固曰。有德者有言。然又曰。言以足志。文以足言。修辭尙辭。於傳有之。文學之科。其謂之何。故擧一而廢百。孟子所惡。然非必足下之言焉。世稱道學先生者。多藉此文其陋足下過取耳。
新字:来喩又以二公為浅易。亦唯人心如面。非不佞所知也。不佞以為深。足下以為浅。其足下之以為深者。不佞則謂浅。豈不氷炭之相反乎。亦習異耳。来喩又似謂文不必学者孔子固曰。有徳者有言。然又曰。言以足志。文以足言。修辞尚辞。於伝有之。文学之科。其謂之何。故挙一而廃百。孟子所悪。然非必足下之言焉。世称道学先生者。多藉此文其陋足下過取耳。
書き下し
来喩又た二公を以て浅易と為す。亦た唯人心の面の如き、不佞の知る所に非ざるなり。不佞は以て深しと為し、足下は以て浅しと為す。其の足下の以て深しと為す者は、不佞は則ち浅しと謂ふ。豈に氷炭の相反するにあらずや。亦た習ひの異なるのみ。来喩又た文は必ずしも学ばずと謂ふに似たる者あり。孔子固より曰く、「徳有る者は言有り」と。然れども又た曰く、「言は以て志を足し、文は以て言を足す」と。辞を修め辞を尚ぶこと、伝に之有り。文学の科、其れ之を何と謂はん。故に一を挙げて百を廃するは、孟子の悪む所なり。然れども必ずしも足下の言に非ず。世の道学先生と称する者、多く此を藉りて其の陋を文る。足下過りて取るのみ。
現代語訳
お手紙ではまた、二人(李・王)を浅く平易だとされる。これも人の心が顔のように違うということで、私の関知するところではない。私は深いと思い、あなたは浅いと思う。あなたが深いと思うものを、私は浅いと言う。まるで氷と炭のように正反対ではないか。これも習ってきたものが違うだけである。お手紙ではまた、文は必ずしも学ばなくてよいと言っておられるようだ。孔子はたしかに「徳のある者には言葉がある」と言った。しかしまた「言葉は志を満たし、文は言葉を満たす」とも言った。辞を修めること、辞を尊ぶことは、経伝(『易』)に書かれている。孔門の四科に「文学」があるのは、何と言うべきか。だから一つを取り上げて百を捨てるのは、孟子の憎んだところである。もっとも、これは必ずしもあなた自身の言葉ではあるまい。世に道学先生と呼ばれる人たちが、多くこれを口実にして自分の拙さを取り繕っているのを、あなたがうっかり取り入れてしまっただけであろう。
解説
この章句が説くこと
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