学則 / 答屈景山書
世人乃擇其易者讀之。習以爲常。古書則束之高閣。辟諸古鼎彝之可貴重而不可狎用也。仁齋之言。豈不然乎。夫學者載籍極博。然其出於宋以後者。十八九。故愈讀愈憚古書之難。習之罪也。其謂典謨論語爲易讀者。乃緣自幼習讀傳注之久。是以覺其易耳。假使無傳注而驟視之。豈易乎。如二公之業。俾不習者驟讀之。亦必假訓詁。粗通其指。其以謂故爲難讀者。不亦宜乎。
新字:世人乃択其易者読之。習以為常。古書則束之高閣。辟諸古鼎彝之可貴重而不可狎用也。仁斎之言。豈不然乎。夫学者載籍極博。然其出於宋以後者。十八九。故愈読愈憚古書之難。習之罪也。其謂典謨論語為易読者。乃縁自幼習読伝注之久。是以覚其易耳。仮使無伝注而驟視之。豈易乎。如二公之業。俾不習者驟読之。亦必仮訓詁。粗通其指。其以謂故為難読者。不亦宜乎。
書き下し
世人乃ち其の易き者を択びて之を読み、習ひて以て常と為し、古書は則ち之を高閣に束ぬ。諸を古の鼎彝の貴重すべくして狎れ用ふべからざるに譬ふ。仁斎の言、豈に然らずや。夫れ学者の載籍極めて博し。然れども其の宋以後に出づる者、十に八九なり。故に愈〻読みて愈〻古書の難きを憚る。習ひの罪なり。其の典謨・論語を謂ひて読み易しと為す者は、乃ち幼きより伝注を習読すること久しきに縁る。是を以て其の易きを覚ゆるのみ。仮使伝注無くして驟かに之を視れば、豈に易からんや。二公の業の如きも、習はざる者をして驟かに之を読ましむれば、亦た必ず訓詁を仮りて粗ぼ其の指に通ず。其の以て故らに読み難くすと謂ふ者は、亦た宜ならずや。
現代語訳
世の人は易しいものを選んで読み、それに慣れて当たり前とし、古書は高い棚に縛って放っておく。たとえれば古代の鼎や祭器が、貴重ではあっても気安く使えないようなものである。仁斎の言葉も、まさにそうではないか。そもそも学者の読む書物はきわめて多いが、宋以後に出たものが十のうち八、九を占める。だから読めば読むほど古書の難しさに尻込みする。これは習慣の罪である。『書経』の典・謨や『論語』を読みやすいと言う人がいるが、それは幼い頃から注釈で長く読み習ってきたので、易しく感じるだけのことだ。もし注釈なしにいきなり見たら、どうして易しいだろうか。二人(李・王)の著作も、慣れていない者にいきなり読ませれば、やはり訓詁を借りてようやくおおよその趣旨がわかる程度である。それをことさら難しく書いていると言うのも、無理はないではないか。
解説
この章句が説くこと
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