学則 / 答屈景山書
夫六經辭也。而法具在焉。孔門而後先秦西漢諸公。皆以此其選也。降至六朝。辭弊而法病。韓柳二公。倡古文。一取法於古。其紬辭者。矯六朝之習也。然非文章之道本然。故二公亦有時乎修辭。如韓進學解。毛頴傳。諸碑銘。柳天對。段太尉逸事。永州諸記。何其絢爛乎乃爾。宋歐蘇。學韓柳者也。但不求諸古而求諸韓柳。所以衰也。
新字:夫六経辞也。而法具在焉。孔門而後先秦西漢諸公。皆以此其選也。降至六朝。辞弊而法病。韓柳二公。倡古文。一取法於古。其紬辞者。矯六朝之習也。然非文章之道本然。故二公亦有時乎修辞。如韓進学解。毛頴伝。諸碑銘。柳天対。段太尉逸事。永州諸記。何其絢爛乎乃爾。宋欧蘇。学韓柳者也。但不求諸古而求諸韓柳。所以衰也。
書き下し
夫れ六経は辞なり。而して法具さに在り。孔門よりして後、先秦西漢の諸公、皆此を以て其の選なり。降りて六朝に至り、辞弊れて法病む。韓柳二公、古文を倡へ、一に法を古に取る。其の辞を絀くる者は、六朝の習ひを矯むるなり。然れども文章の道の本然に非ず。故に二公も亦た時有りて辞を修む。韓の進学解・毛穎伝・諸碑銘、柳の天対・段太尉逸事・永州諸記の如き、何ぞ其れ絢爛たること乃ち爾るや。宋の欧蘇は、韓柳を学ぶ者なり。但だ諸を古に求めずして諸を韓柳に求む。衰ふる所以なり。
現代語訳
そもそも六経は言葉(辞)であり、そこに文章の法が備わっている。孔子の門下以後、先秦・前漢の諸家は、みなこれによって選りすぐりの文人となった。時代が下って六朝になると、言葉は弊れ、法は病んだ。韓愈・柳宗元の二人は古文を唱え、ひたすら法を古に取った。彼らが言葉の飾りを退けたのは、六朝の悪習を正すためであった。しかしそれは文章の道の本来の姿ではない。だから二人も時には言葉を修めた。韓愈の「進学解」「毛穎伝」や諸々の碑銘、柳宗元の「天対」「段太尉逸事状」や永州の諸記などは、なんと絢爛たることか。宋の欧陽脩・蘇軾は韓・柳を学んだ人である。ただ古に求めず韓・柳に求めた。これが衰えた理由である。
解説
この章句が説くこと
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