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学則 / 答屈景山書

夫學問者。君子之事也。君子無所爭。爭斯害乎德。問者。弟子之事也。秉弟子之禮而用訟者之鬩。鬩斯害乎禮害乎德與禮者。君子不由也。自孟子好辨闢楊墨。雖其時之不得已乎。亦非古之道也。不佞竊惜焉。爾後稷下市學。田巴一日服千人。流風所扇。是非蠭涌。紛呶乎百世。悲哉。若彼浮屠有勘辨。則亦聽訟者之道也。儒之黠者。陰操其術。以窺人而自憙。乃名敎之罪人也。

新字:夫学問者。君子之事也。君子無所争。争斯害乎徳。問者。弟子之事也。秉弟子之礼而用訟者之鬩。鬩斯害乎礼害乎徳与礼者。君子不由也。自孟子好弁闢楊墨。雖其時之不得已乎。亦非古之道也。不佞窃惜焉。爾後稷下市学。田巴一日服千人。流風所扇。是非蠭涌。紛呶乎百世。悲哉。若彼浮屠有勘弁。則亦聴訟者之道也。儒之黠者。陰操其術。以窺人而自憙。乃名教之罪人也。

書き下し

夫れ学問なる者は君子の事なり。君子は争ふ所無し。争へば斯ち徳を害す。問ふ者は弟子の事なり。弟子の礼を秉りて訟ふる者の鬩ぎを用ふ。鬩げば斯ち礼を害す。徳と礼とを害する者は、君子由らざるなり。孟子の弁を好みて楊墨を闢けしより、其の時の已むを得ざるに由ると雖も、亦た古の道に非ざるなり。不佞窃かに焉を惜しむ。爾後、稷下の市学、田巴一日に千人を服す。流風の扇ぐ所、是非蜂涌し、百世に紛呶たり。悲しいかな。彼の浮屠の勘弁有るが若きは、則ち亦た訟へを聴く者の道なり。儒の黠き者、陰かに其の術を操り、以て人を窺ひて自ら憙ぶ。乃ち名教の罪人なり。

現代語訳

そもそも学問は君子の営みである。君子は争うことがない。争えば徳を損なう。問うのは弟子の務めである。弟子の礼をとりながら訴訟のような言い争いをすれば、礼を損なう。徳と礼を損なうことに、君子はよらない。孟子が弁論を好んで楊朱・墨子を退けて以来、その時代にはやむを得なかったとしても、それは古の道ではない。私はひそかにこれを惜しむ。その後、斉の稷下の学者たちは市場のように論を競い、田巴は一日に千人を言い負かした。その風潮にあおられて、是非の議論が蜂のように湧き起こり、百代にわたって騒がしく続いた。悲しいことだ。あの仏僧の「勘弁」(問答で相手の力量を試すこと)のようなものも、訴訟を裁く者のやり方である。儒者のうちのずる賢い者は、ひそかにその術を使い、人を試しては独り悦に入っている。まさに名教(儒教の教え)の罪人である。

解説

学問は君子のわざであり、君子は争わないと徂徠は説く。孟子が楊朱・墨子を論駁したことさえ、時勢上やむを得なかったにせよ古の道ではないと惜しむ。稷下の論客田巴の弁舌や、禅僧が問答で相手を試す「勘弁」も同類とされ、それを真似て人を試す儒者は名教の罪人だと手厳しい。宋学が禅の影響を受けたことへの批判とも響き合う。会議で相手の弱点を突いて得意になる癖は、知的に見えても信頼を削る。問いは相手を試すためでなく、ともに知るために使いたいものである。

この章句が説くこと

君子徳礼学問孟子論争

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