学則 / 答安澹泊書
如處佛氏之說。不佞近有對問一篇。附覽。又如譯筌一書。不佞二十四五時從學之士錄不佞口語。其後十年許。頗有增損現今印行。若夫寫本。則舊稿耳。要皆兎園册子。豈足掛齒牙乎。又承問。雖字法。及猶尙。尙猶。不祥莫大焉。無不祥大焉。不佞竊意。其義全同。但語勢異耳。凡學文章。要識體。故學左氏文。則用左氏法。學孟子文。則用孟子法。若混而用之。則緝錦以布者類也。柳儀曹論石鍾乳。其與左氏異同亦如此。隨筆中西京。乃指西漢。大體謂治道大體也。時殘暑尙在。伏以自愛。不備。八月十三日
新字:如処仏氏之説。不佞近有対問一篇。附覧。又如訳筌一書。不佞二十四五時従学之士録不佞口語。其後十年許。頗有增損現今印行。若夫写本。則旧稿耳。要皆兎園册子。豈足掛歯牙乎。又承問。雖字法。及猶尚。尚猶。不祥莫大焉。無不祥大焉。不佞窃意。其義全同。但語勢異耳。凡学文章。要識体。故学左氏文。則用左氏法。学孟子文。則用孟子法。若混而用之。則緝錦以布者類也。柳儀曹論石鍾乳。其与左氏異同亦如此。随筆中西京。乃指西漢。大体謂治道大体也。時残暑尚在。伏以自愛。不備。八月十三日
書き下し
仏氏の説に処するが如きは、不佞近ごろ対問一篇有り、附して覧ず。又た訳筌一書の如きは、不佞二十四五の時、従学の士、不佞の口語を録す。其の後十年許り、頗る増損有りて、現今印行す。若し夫れ写本は則ち旧稿のみ。要するに皆兎園の冊子、豈に歯牙に掛くるに足らんや。又た問ふを承く、雖の字の法、及び猶尚・尚猶、不祥莫大焉・無不祥大焉。不佞窃かに意ふに、其の義全く同じ、但だ語勢異なるのみ。凡そ文章を学ぶには、要ず体を識る。故に左氏の文を学べば、則ち左氏の法を用ひ、孟子の文を学べば、則ち孟子の法を用ふ。若し混じて之を用ふれば、則ち錦を緝ぐに布を以てする者の類なり。柳儀曹の石鍾乳を論ずる、其の左氏と異同あるも亦た此くの如し。随筆中の西京は、乃ち西漢を指す。大体は治道の大体を謂ふなり。時に残暑尚ほ在り、伏して以て自愛せよ。不備。八月十三日。
現代語訳
仏教の説への対し方については、私が最近書いた対問一篇がありますので、添えてご覧に入れます。また『訳筌』(『訳文筌蹄』)という書は、私が二十四、五歳のときに、学びに来ていた人たちが私の口述を書き留めたものです。その後十年ほどの間にかなり手を加え、今は刊行されています。写本のほうは古い原稿にすぎません。要するにどれも初学者向けのつまらない冊子で、取り上げるほどのものではありません。またお尋ねの「雖」の字の用法、および「猶尚」と「尚猶」、「不祥莫大焉」と「無不祥大焉」については、私の考えでは、意味はまったく同じで、ただ語勢が異なるだけです。およそ文章を学ぶには、必ず文体を見分けることが肝要です。だから『左伝』の文を学ぶなら『左伝』の作法を用い、『孟子』の文を学ぶなら『孟子』の作法を用います。もしそれを混ぜて用いれば、錦を布でつぎはぎするようなものです。柳儀曹(柳宗元)が石鍾乳を論じた文が『左伝』と異なるのも、このことです。『随筆』の中で「西京」と言ったのは前漢を指します。「大体」とは政治の大要という意味です。まだ残暑が厳しい折、どうかご自愛ください。意を尽くしませんが、これにて。八月十三日。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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説苑・建本子思曰わく、学は才を益す所以なり、礪は刃を致す所以なり。吾嘗て幽処して深く思うも、学の速やかなるに若かず。吾嘗て跂ちて望むも、高きに登りて博く見るに若かず。故に風に順いて呼べば、声疾しきを加えざれども聞く者衆し。丘に登りて招けば、臂長きを加えざれども見る者遠し。故に魚は水に乗り、鳥は風に乗り、草木は時に乗る。
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