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学則 / 答安澹泊書

然六經殘缺。其不可得而識者。亦復不鮮。君子於其所不知葢闕如也。豈足以爲耻乎。而宋儒句爲之解。字爲之詁。是强其所不知以爲知者也。其謬不亦宜乎。不佞則以爲道之大。豈庸劣之所能知乎。聖人之心。唯聖人而後知之。亦非今人所能知也。故其可得而推者。事與辭耳。事與辭雖卑卑焉儒者之業。唯守章句。傳諸後世。陳力就列。唯是其分。若其道。則以竢後聖人是不佞之志也。

新字:然六経残欠。其不可得而識者。亦復不鮮。君子於其所不知葢闕如也。豈足以為耻乎。而宋儒句為之解。字為之詁。是強其所不知以為知者也。其謬不亦宜乎。不佞則以為道之大。豈庸劣之所能知乎。聖人之心。唯聖人而後知之。亦非今人所能知也。故其可得而推者。事与辞耳。事与辞雖卑卑焉儒者之業。唯守章句。伝諸後世。陳力就列。唯是其分。若其道。則以竢後聖人是不佞之志也。

書き下し

然れども六経残欠し、其の得て識るべからざる者も、亦た復た鮮なからず。君子其の知らざる所に於ては蓋し闕如たり。豈に以て恥と為すに足らんや。而るに宋儒は句ごとに之が解を為り、字ごとに之が詁を為る。是れ其の知らざる所を強ひて以て知ると為す者なり。其の謬り亦た宜ならずや。不佞は則ち以為へらく、道の大なる、豈に庸劣の能く知る所ならんや。聖人の心は唯だ聖人にして而る後に之を知る、亦た今人の能く知る所に非ざるなり。故に其の得て推すべき者は、事と辞とのみ。事と辞とは卑卑焉たる儒者の業なりと雖も、唯だ章句を守りて、諸を後世に伝へ、力を陳べて列に就くは、唯だ是れ其の分なり。其の道の若きは、則ち以て後の聖人を竢つ、是れ不佞の志なり。

現代語訳

しかし六経は欠けており、知りえない部分もまた少なくありません。「君子は自分の知らないことについては、口をつぐんで空けておく」(『論語』)ものです。どうしてそれを恥とする必要がありましょう。ところが宋儒は一句ごとに解釈を作り、一字ごとに訓詁を施しました。これは知らないことを無理に知っているとすることです。誤りが多いのも当然ではありませんか。私の考えでは、道の大きさは、凡庸で劣った者に知りうるものではありません。聖人の心は聖人であって初めて知りうるもので、今の人に知りうるものではありません。ですから推し量ることができるのは、事実と言葉だけです。事実と言葉は取るに足らない儒者の仕事ではありますが、ただ章句を守って後世に伝え、「力を尽くして職分の列に就く」(『論語』)、それこそが儒者の分なのです。道そのものについては、後の聖人を待つ。これが私の志です。

解説

徂徠は自らの学問の限界と職分をはっきり線引きする。六経は欠けており、知りえない所は『論語』の言うように闕いて空けておけばよい。宋儒が一字一句に解釈を施したのは、知らないことを知っているとする誤りだと批判する。聖人の心は聖人にしかわからないから、儒者が推し量れるのは事実と言葉だけであり、それを正確に後世へ伝えるのが分であって、道そのものは後の聖人を待つという。この謙抑は、専門家が自分の職分を守り、わからないことはわからないと言う誠実さの手本になる。

この章句が説くこと

闕疑宋儒聖人職分事と辞学問

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