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福沢諭吉小品集 / 瘠我慢の説・第9段

騒擾の際に敵味方相対し、その敵の中に謀臣ありて平和の説を唱え、たとい弐心を抱かざるも味方に利するところあれば、その時にはこれを奇貨として私にその人を厚遇すれども、干戈すでに収まりて戦勝の主領が社会の秩序を重んじ、新政府の基礎を固くして百年の計をなすに当りては、一国の公道のために私情を去り、曩きに奇貨とし重んじたる彼の敵国の人物を目して不臣不忠と唱え、これを擯斥して近づけざるのみか、時としては殺戮することさえ少なからず。誠に無慙なる次第なれども、自から経世の一法として忍んでこれを断行することなるべし。 すなわち東洋諸国専制流の慣手段にして、勝氏のごときも斯る専制治風の時代に在らば、或は同様の奇禍に罹りて新政府の諸臣を警しむるの具に供せられたることもあらんなれども、幸にして明治政府には専制の君主なく、政権は維新功臣の手に在りて、その主義とするところ、すべて文明国の顰に傚い、一切万事寛大を主として、この敵方の人物を擯斥せざるのみか、一時の奇貨も永日の正貨に変化し、旧幕府の旧風を脱して新政府の新貴顕と為り、愉快に世を渡りて、かつて怪しむ者なきこそ古来未曾有の奇相なれ。 我輩はこの一段に至りて、勝氏の私の為めには甚だ気の毒なる次第なれども、聊か所望の筋なきを得ず。その次第は前にいえるごとく、氏の尽力を以て穏に旧政府を解き、由て以て殺人散財の禍を免かれたるその功は奇にして大なりといえども、一方より観察を下すときは、敵味方相対して未だ兵を交えず、早く自から勝算なきを悟りて謹慎するがごとき、表面には官軍に向て云々の口実ありといえども、その内実は徳川政府がその幕下たる二、三の強藩に敵するの勇気なく、勝敗をも試みずして降参したるものなれば、三河武士の精神に背くのみならず、我日本国民に固有する瘠我慢の大主義を破り、以て立国の根本たる士気を弛めたるの罪は遁るべからず。一時の兵禍を免かれしめたると、万世の士気を傷つけたると、その功罪相償うべきや。

新字:騒擾の際に敵味方相対し、その敵の中に謀臣ありて平和の説を唱え、たとい弐心を抱かざるも味方に利するところあれば、その時にはこれを奇貨として私にその人を厚遇すれども、干戈すでに収まりて戦勝の主領が社会の秩序を重んじ、新政府の基礎を固くして百年の計をなすに当りては、一国の公道のために私情を去り、曩きに奇貨とし重んじたる彼の敵国の人物を目して不臣不忠と唱え、これを擯斥して近づけざるのみか、時としては殺戮することさえ少なからず。誠に無慚なる次第なれども、自から経世の一法として忍んでこれを断行することなるべし。 すなわち東洋諸国専制流の慣手段にして、勝氏のごときも斯る専制治風の時代に在らば、或は同様の奇禍に罹りて新政府の諸臣を警しむるの具に供せられたることもあらんなれども、幸にして明治政府には専制の君主なく、政権は維新功臣の手に在りて、その主義とするところ、すべて文明国の顰に傚い、一切万事寛大を主として、この敵方の人物を擯斥せざるのみか、一時の奇貨も永日の正貨に変化し、旧幕府の旧風を脱して新政府の新貴顕と為り、愉快に世を渡りて、かつて怪しむ者なきこそ古来未曽有の奇相なれ。 我輩はこの一段に至りて、勝氏の私の為めには甚だ気の毒なる次第なれども、聊か所望の筋なきを得ず。その次第は前にいえるごとく、氏の尽力を以て穏に旧政府を解き、由て以て殺人散財の禍を免かれたるその功は奇にして大なりといえども、一方より観察を下すときは、敵味方相対して未だ兵を交えず、早く自から勝算なきを悟りて謹慎するがごとき、表面には官軍に向て云々の口実ありといえども、その内実は徳川政府がその幕下たる二、三の強藩に敵するの勇気なく、勝敗をも試みずして降参したるものなれば、三河武士の精神に背くのみならず、我日本国民に固有する瘠我慢の大主義を破り、以て立国の根本たる士気を弛めたるの罪は遁るべからず。一時の兵禍を免かれしめたると、万世の士気を傷つけたると、その功罪相償うべきや。

書き下し

騒擾の際に敵味方相対し、その敵の中に謀臣ありて平和の説を唱え、たとい弐心を抱かざるも味方に利するところあれば、その時にはこれを奇貨として私にその人を厚遇すれども、干戈すでに収まりて戦勝の主領が社会の秩序を重んじ、新政府の基礎を固くして百年の計をなすに当りては、一国の公道のために私情を去り、曩きに奇貨とし重んじたる彼の敵国の人物を目して不臣不忠と唱え、これを擯斥して近づけざるのみか、時としては殺戮することさえ少なからず。誠に無慚なる次第なれども、自から経世の一法として忍んでこれを断行することなるべし。 すなわち東洋諸国専制流の慣手段にして、勝氏のごときも斯る専制治風の時代に在らば、或は同様の奇禍に罹りて新政府の諸臣を警しむるの具に供せられたることもあらんなれども、幸にして明治政府には専制の君主なく、政権は維新功臣の手に在りて、その主義とするところ、すべて文明国の顰に傚い、一切万事寛大を主として、この敵方の人物を擯斥せざるのみか、一時の奇貨も永日の正貨に変化し、旧幕府の旧風を脱して新政府の新貴顕と為り、愉快に世を渡りて、かつて怪しむ者なきこそ古来未曽有の奇相なれ。 我輩はこの一段に至りて、勝氏の私の為めには甚だ気の毒なる次第なれども、聊か所望の筋なきを得ず。その次第は前にいえるごとく、氏の尽力を以て穏に旧政府を解き、由て以て殺人散財の禍を免かれたるその功は奇にして大なりといえども、一方より観察を下すときは、敵味方相対して未だ兵を交えず、早く自から勝算なきを悟りて謹慎するがごとき、表面には官軍に向て云々の口実ありといえども、その内実は徳川政府がその幕下たる二、三の強藩に敵するの勇気なく、勝敗をも試みずして降参したるものなれば、三河武士の精神に背くのみならず、我日本国民に固有する瘠我慢の大主義を破り、以て立国の根本たる士気を弛めたるの罪は遁るべからず。一時の兵禍を免かれしめたると、万世の士気を傷つけたると、その功罪相償うべきや。

現代語訳

騒乱の際、敵味方が向かい合い、敵の中に策士がいて和平を唱えたとします。たとえ二心を抱いていなくても、味方に利益があるなら、その時にはこの人物を思わぬ掘り出し物として内々に厚遇するものです。しかし戦いがすっかり収まり、勝った側の主導者が社会の秩序を重んじ、新政府の基礎を固めて百年の計を立てる段になると、国の公の道のために私情を捨て、さきに掘り出し物として重んじた敵国の人物を、不臣不忠だと言い立てて退け、近づけないばかりか、時には殺すことさえ少なくありません。まことに残酷なことですが、国を治める一つの方法として、耐え忍んでこれを断行するものでしょう。 つまり東洋諸国の専制のやり方であり、勝氏のような人物も、そうした専制の世であれば、あるいは同じ災難にあって、新政府の臣下への見せしめにされたかもしれません。ところが幸いにも明治政府には専制の君主がおらず、政権は維新の功臣の手にあり、その主義とするところは、すべて文明国にならって、何事も寛大を旨とします。そのため敵方の人物を退けないどころか、一時の掘り出し物は末永い正貨に変わり、旧幕府の古い風を脱して新政府の新たな貴顕となり、愉快に世を渡って、誰も怪しまないのは、古来まれに見る不思議な光景です。 私はこの一段にきて、勝氏個人にとってはたいへん気の毒ですが、少しばかり望みを述べずにはいられません。その事情はさきに述べたとおり、氏の尽力で穏やかに旧政府を解体し、殺人や浪費の災いを免れさせた功績は、特別で大きいといえます。しかし別の面から見ると、敵味方が向かい合ってまだ戦わないうちに、早々と自分に勝算がないと悟って謹慎するのは、表向きは官軍に対してあれこれの口実があるにせよ、内実は、徳川政府がその配下の二、三の強藩にさえ立ち向かう勇気がなく、勝敗を試みもせず降参したものです。それは三河武士の精神に背くだけでなく、わが日本国民に固有の痩せ我慢という大主義を破り、立国の根本である士気を緩めた罪を、逃れることはできません。一時の戦禍を免れさせたことと、永く続く士気を傷つけたこと。この功と罪とは、差し引きして償えるものでしょうか。

解説

勝海舟への批判が本格的に始まる段です。福沢は、敵の策士を内々に厚遇しながら戦後は公道の名で退ける専制の常を示し、それと対比して、勝が新政府で厚遇された不思議を指摘します。無血開城の功を認めつつ、戦わず降ったことで士気を損ねた罪との功罪を問います。組織の危機を穏便に収めた人の功績と、組織の気概への影響をどう量るかという問いは、現代にも通じます。福沢の物差しが唯一ではない点も意識して読みたいところです。

この章句が説くこと

瘠我慢勝海舟功罪士気三河武士専制

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