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福沢諭吉小品集 / 瘠我慢の説・第8段

然りといえども勝氏も亦人傑なり、当時幕府内部の物論を排して旗下の士の激昂を鎮め、一身を犠牲にして政府を解き、以て王政維新の成功を易くして、これが為めに人の生命を救い財産を安全ならしめたるその功徳は少なからずというべし。この点に就ては我輩も氏の事業を軽々看過するものにあらざれども、独り怪しむべきは、氏が維新の朝に曩きの敵国の士人と並立て得々名利の地位に居るの一事なり(世に所謂大義名分より論ずるときは、日本国人はすべて帝室の臣民にして、その同胞臣民の間に敵も味方もあるべからずといえども、事の実際は決して然らず。幕府の末年に強藩の士人等が事を挙げて中央政府に敵し、其これに敵するの際に帝室の名義を奉じ、幕政の組織を改めて王政の古に復したるその挙を名けて王政維新と称することなれば、帝室をば政治社外の高処に仰ぎ奉りて一様にその恩徳に浴しながら、下界に居て相争う者あるときは敵味方の区別なきを得ず。事実に掩うべからざるところのものなればなり。故に本文敵国の語、或は不穏なりとて説を作すものもあらんなれども、当時の実際より立論すれば敵の字を用いざるべからず)。 東洋和漢の旧筆法に従えば、氏のごときは到底終を全うすべき人にあらず。漢の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとしたる小山田義国の輩を誅し、豊臣秀吉が織田信孝の賊臣桑田彦右衛門の挙動を悦ばず、不忠不義者、世の見懲しにせよとて、これを信考の墓前に磔にしたるがごとき、是等の事例は実に枚挙に遑あらず。

書き下し

然りといえども勝氏も亦人傑なり、当時幕府内部の物論を排して旗下の士の激昂を鎮め、一身を犠牲にして政府を解き、以て王政維新の成功を易くして、これが為めに人の生命を救い財産を安全ならしめたるその功徳は少なからずというべし。この点に就ては我輩も氏の事業を軽々看過するものにあらざれども、独り怪しむべきは、氏が維新の朝に曩きの敵国の士人と並立て得々名利の地位に居るの一事なり(世に所謂大義名分より論ずるときは、日本国人はすべて帝室の臣民にして、その同胞臣民の間に敵も味方もあるべからずといえども、事の実際は決して然らず。幕府の末年に強藩の士人等が事を挙げて中央政府に敵し、其これに敵するの際に帝室の名義を奉じ、幕政の組織を改めて王政の古に復したるその挙を名けて王政維新と称することなれば、帝室をば政治社外の高処に仰ぎ奉りて一様にその恩徳に浴しながら、下界に居て相争う者あるときは敵味方の区別なきを得ず。事実に掩うべからざるところのものなればなり。故に本文敵国の語、或は不穏なりとて説を作すものもあらんなれども、当時の実際より立論すれば敵の字を用いざるべからず)。 東洋和漢の旧筆法に従えば、氏のごときは到底終を全うすべき人にあらず。漢の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとしたる小山田義国の輩を誅し、豊臣秀吉が織田信孝の賊臣桑田彦右衛門の挙動を悦ばず、不忠不義者、世の見懲しにせよとて、これを信考の墓前に磔にしたるがごとき、是等の事例は実に枚挙に遑あらず。

現代語訳

とはいえ、勝氏もまた人傑です。当時、幕府内部の議論を排し、旗本の士の激昂を鎮め、一身を犠牲にして政府を解体し、それによって王政維新の成功を容易にし、そのために人の生命を救い、財産を安全にしたその功徳は少なくないというべきです。この点については、私も氏の事業を軽々しく見過ごすものではありませんが、ひとり不思議に思うのは、氏が維新の朝廷において、かつての敵国の士人と並び立ち、得意げに名利の地位に居ることです(世にいう大義名分から論じれば、日本国人はすべて帝室の臣民であり、その同胞臣民の間に敵も味方もあるはずがありませんが、事の実際は決してそうではありません。幕府の末年に、強い藩の士人らが事を起こして中央政府に敵対し、その敵対の際に帝室の名義を奉じ、幕政の組織を改めて王政の古に復したその行いを名づけて王政維新と称するのですから、帝室を政治の外の高いところに仰ぎ奉り、一様にその恩徳に浴しながら、下界にいて相争う者があるときは、敵味方の区別がないわけにはいきません。事実としてごまかせないことだからです。したがって、本文の「敵国」という語を、あるいは穏やかでないとして議論する者もいるでしょうが、当時の実際から立論すれば、敵の字を用いざるを得ません)。 東洋・中国の古い筆法に従えば、氏のような人は、とうてい最後を全うすべき人ではありません。漢の高祖が丁公を殺し、清の康熙帝が明末の遺臣を退け、日本では織田信長が、武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売ろうとした小山田義国らを誅し、豊臣秀吉が織田信孝の賊臣・桑田彦右衛門の振る舞いを喜ばず、「不忠不義の者、世の見せしめにせよ」と言って、これを信孝の墓前で磔にしたような、これらの事例は、実に数え切れないほどです。

解説

福沢は勝氏の功績を認めつつ、維新後に旧敵と並んで地位を得たことを批判します。この段では、帝室のもとでは敵味方はないという建前と、実際には敵味方の区別が存在するという現実を、丁寧に分けて説明している点が目を引きます。後半は古今の例を挙げ、主君を裏切る臣下は報いを受けるという東洋の筆法に触れます。引用される人名や行為の細部は、福沢の記述としてそのまま読むのがよく、個々の史実評価は別に確かめる必要があります。

この章句が説くこと

勝氏の功徳維新の朝敵国大義名分丁公不忠不義

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