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福沢諭吉小品集 / 瘠我慢の説・第1段

立国は私なり、公に非ざるなり。地球面の人類、その数億のみならず、山海天然の境界に隔てられて、各処に群を成し各処に相分るるは止むを得ずといえども、各処におのおの衣食の富源あれば、これによりて生活を遂ぐべし。また或は各地の固有に有余不足あらんには互にこれを交易するも可なり。すなわち天与の恩恵にして、耕して食い、製造して用い、交易して便利を達す。人生の所望この外にあるべからず。なんぞ必ずしも区々たる人為の国を分て人為の境界を定むることを須いんや。いわんやその国を分て隣国と境界を争うにおいてをや。いわんや隣の不幸を顧みずして自から利せんとするにおいてをや。いわんやその国に一個の首領を立て、これを君として仰ぎこれを主として事え、その君主のために衆人の生命財産を空うするがごときにおいてをや。いわんや一国中になお幾多の小区域を分ち、毎区の人民おのおの一個の長者を戴てこれに服従するのみか、つねに隣区と競争して利害を殊にするにおいてをや。

書き下し

立国は私なり、公に非ざるなり。地球面の人類、その数億のみならず、山海天然の境界に隔てられて、各処に群を成し各処に相分るるは止むを得ずといえども、各処におのおの衣食の富源あれば、これによりて生活を遂ぐべし。また或は各地の固有に有余不足あらんには互にこれを交易するも可なり。すなわち天与の恩恵にして、耕して食い、製造して用い、交易して便利を達す。人生の所望この外にあるべからず。なんぞ必ずしも区々たる人為の国を分て人為の境界を定むることを須いんや。いわんやその国を分て隣国と境界を争うにおいてをや。いわんや隣の不幸を顧みずして自から利せんとするにおいてをや。いわんやその国に一個の首領を立て、これを君として仰ぎこれを主として事え、その君主のために衆人の生命財産を空うするがごときにおいてをや。いわんや一国中になお幾多の小区域を分ち、毎区の人民おのおの一個の長者を戴てこれに服従するのみか、つねに隣区と競争して利害を殊にするにおいてをや。

現代語訳

国を立てることは私であって、公ではありません。地球上の人類は、その数が億を超えるだけでなく、山や海といった自然の境界に隔てられて、それぞれの場所で群れを成し、各処に分かれているのはやむをえないことですが、各処にはそれぞれ衣食の富の源があるので、それによって生活を成り立たせることができます。またもし各地の産物に過不足があるなら、互いに交易すればよいのです。これは天から与えられた恵みで、耕して食べ、製造して用い、交易して便利を得ます。人生の望みはこれ以外にあるはずがありません。どうしてわざわざ、小さな人為の国を分けて人為の境界を定める必要があるのでしょうか。まして、その国を分けて隣国と境界を争うことはなおさらです。まして、隣の不幸を顧みずに自分だけ利を得ようとすることはなおさらです。まして、その国に一人の首領を立て、これを君主として仰ぎ、主として仕え、その君主のために人々の生命と財産を使い尽くすようなことはなおさらです。まして、一国のなかにさらに多くの小区域を分け、区ごとの人民がそれぞれ一人の長者を戴いて従うだけでなく、常に隣の区と競争して利害を異にするようなことはなおさらです。

解説

『瘠我慢の説』は、勝海舟らを批判した福沢の論説で、1891年に書かれ、1901年に公表されました。冒頭は逆説的で、国を立てることは「私」であり「公」ではない、本来人類は国境を設けずに生活できるはずだ、と述べます。この見方は、あとで「それでも国は私情で成り立つ」という議論を導く前置きです。組織や所属への忠誠が、そもそも人為的な線引きから生じているという相対化は、部門間の対立を考えるきっかけにもなります。

この章句が説くこと

立国は私人為の国境界君主衣食の富源交易

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