福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第37段
然るに今日において、未だ男子の奔逸を縛するの縄は得ずして、先ずこの良家の婦女子を誘うて有形の文明に入らしめんとす、果たして危険なかるべきや。居は志を移すという。婦女子の精神未だ堅固ならざる者を率いて有形の文明に導くは、その居を変ずるものなり。その居既に変じてその志はいかに移るべきや。近く喩えを取り、今日の婦人女子をして、その良人父兄の品行を学ぶことあらしめたらばこれを如何せん。試みに男子の胸裡にその次第の図面を画き、我が妻女がまさしく我に傚い、我が花柳に耽ると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更家に帰りて面目なかりしが、今夜は妻女何処に行きしや、その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに磊落なる男子も慚愧に堪えざるのみならず、これは世教のために大変なりとて、自ら悚然たることならん。然るに婦女子の志の有形無心の文明に誘われて漸く活溌に移るの最中、あるいはこの想像画をして実ならしむるなきを期すべからず、恐るべきにあらずや。男子の不品行は既に日本国の禍源たり、これに加うるに女子の不品行を以てす、国のために不幸を二重にするものというべし。男子社会の不品行にして忌憚するなきその有様は、火の方に燃ゆるが如し。徳教の急務は百事を抛ち先ずこの火を消すにあるのみ。婦人の地位を高尚にするの新案は、あたかも我が国未曾有の家屋を新築するものにして、我輩固より意見を同じうするのみならず、敢えて発起者中の一部分を以て自ら居る者なれども、満目焔々たる大火の消防に忙わしくして、なお未だ新築に遑あらず。故に今後は、我輩の筆力のあらん限り、読者と共にこの消防法に従事して、先ず婦人の居を安からしめ、漸くその改良に着手せんと欲するものなり。
新字:然るに今日において、未だ男子の奔逸を縛するの縄は得ずして、先ずこの良家の婦女子を誘うて有形の文明に入らしめんとす、果たして危険なかるべきや。居は志を移すという。婦女子の精神未だ堅固ならざる者を率いて有形の文明に導くは、その居を変ずるものなり。その居既に変じてその志はいかに移るべきや。近く喩えを取り、今日の婦人女子をして、その良人父兄の品行を学ぶことあらしめたらばこれを如何せん。試みに男子の胸裡にその次第の図面を画き、我が妻女がまさしく我に傚い、我が花柳に耽ると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更家に帰りて面目なかりしが、今夜は妻女何処に行きしや、その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに磊落なる男子も慚愧に堪えざるのみならず、これは世教のために大変なりとて、自ら悚然たることならん。然るに婦女子の志の有形無心の文明に誘われて漸く活溌に移るの最中、あるいはこの想像画をして実ならしむるなきを期すべからず、恐るべきにあらずや。男子の不品行は既に日本国の禍源たり、これに加うるに女子の不品行を以てす、国のために不幸を二重にするものというべし。男子社会の不品行にして忌憚するなきその有様は、火の方に燃ゆるが如し。徳教の急務は百事を抛ち先ずこの火を消すにあるのみ。婦人の地位を高尚にするの新案は、あたかも我が国未曽有の家屋を新築するものにして、我輩固より意見を同じうするのみならず、敢えて発起者中の一部分を以て自ら居る者なれども、満目焔々たる大火の消防に忙わしくして、なお未だ新築に遑あらず。故に今後は、我輩の筆力のあらん限り、読者と共にこの消防法に従事して、先ず婦人の居を安からしめ、漸くその改良に着手せんと欲するものなり。
書き下し
然るに今日において、未だ男子の奔逸を縛するの縄は得ずして、先ずこの良家の婦女子を誘うて有形の文明に入らしめんとす、果たして危険なかるべきや。居は志を移すという。婦女子の精神未だ堅固ならざる者を率いて有形の文明に導くは、その居を変ずるものなり。その居既に変じてその志はいかに移るべきや。近く喩えを取り、今日の婦人女子をして、その良人父兄の品行を学ぶことあらしめたらばこれを如何せん。試みに男子の胸裡にその次第の図面を画き、我が妻女がまさしく我に傚い、我が花柳に耽ると同時に彼らは緑陰に戯れ、昨夜自分は深更家に帰りて面目なかりしが、今夜は妻女何処に行きしや、その場所さえ分明ならずなどの奇談もあるべしと想像したらば、さすがに磊落なる男子も慚愧に堪えざるのみならず、これは世教のために大変なりとて、自ら悚然たることならん。然るに婦女子の志の有形無心の文明に誘われて漸く活溌に移るの最中、あるいはこの想像画をして実ならしむるなきを期すべからず、恐るべきにあらずや。男子の不品行は既に日本国の禍源たり、これに加うるに女子の不品行を以てす、国のために不幸を二重にするものというべし。男子社会の不品行にして忌憚するなきその有様は、火の方に燃ゆるが如し。徳教の急務は百事を抛ち先ずこの火を消すにあるのみ。婦人の地位を高尚にするの新案は、あたかも我が国未曽有の家屋を新築するものにして、我輩固より意見を同じうするのみならず、敢えて発起者中の一部分を以て自ら居る者なれども、満目焔々たる大火の消防に忙わしくして、なお未だ新築に遑あらず。故に今後は、我輩の筆力のあらん限り、読者と共にこの消防法に従事して、先ず婦人の居を安からしめ、漸くその改良に着手せんと欲するものなり。
現代語訳
ところが今日、まだ男子の放縦を縛る縄を得ないうちに、先にこの良家の婦女子を誘って、形のある文明に入らせようとしています。果たして危険はないのでしょうか。「居は志を移す」といいます。精神がまだ堅固でない婦女子を率いて形の文明へ導くのは、その居場所を変えることです。その居場所がすでに変わったとき、その志はどう移るのでしょうか。近い例えを取れば、今日の婦人や娘たちが、その夫や父兄の品行を学ぶことがあったとすれば、どうしますか。試みに男子の胸のうちに、その次第を絵に描いてみてください。我が妻が、まさに自分に倣って、自分が花柳に耽ると同時に、彼女たちは木陰で戯れ、昨夜自分は深夜に家に帰って面目なかったが、今夜は妻がどこへ行ったのか、その場所さえはっきりしない、などという奇談もあるだろうと想像したら、さすがに磊落な男子も恥ずかしさに堪えないだけでなく、これは世の教えのために大変なことだと、自ら慄然とするでしょう。ところが、婦女子の志が形だけで心の伴わない文明に誘われて、次第に活発な方向へ移っていく最中に、あるいはこの想像画が現実にならないとも限りません。恐ろしいことではありませんか。男子の不品行は、すでに日本国の災いの源であり、これに女子の不品行が加われば、国にとって不幸を二重にするものというべきです。男子社会の不品行が憚りなく行われている有様は、火が燃え盛るようなものです。道徳教育の急務は、あらゆることを後回しにして、まずこの火を消すことにあるだけです。婦人の地位を高尚にするという新しい案は、我が国未曾有の家屋を新築するようなもので、私はもとより意見を同じくするばかりか、あえて発起者の一人として自ら加わっている者ですが、見渡す限りの炎の大火の消火に忙しくて、まだ新築に取りかかる暇がありません。ですから、今後は私の筆力のある限り、読者とともにこの消火作業に従事して、まず婦人の居場所を安らかにし、次第にその改良に着手しようと思います。
解説
この章句が説くこと
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孟子・告子章句上孟子曰く、「今、無名の指、屈して信びざる有り。疾痛して事に害あるに非ざるなり。如し能く之を信ばす者有れば、則ち秦楚の路をも遠しとせず。指の人に若かざるが為なり。指の人に若かざるは、則ち之を惡むことを知る。心の人に若かざるは、則ち惡むことを知らず。此を之れ類を知らずと謂うなり。」
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孟子・告子章句上孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
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『晏子春秋』諫下・景公欲以人禮葬走狗晏子諫景公の走狗死し、公外に之が棺を共し、内に之が祭を給せしむ。晏子聞きて、諫む。公曰く、「亦た細物なり、特だ以て左右と笑いを為すのみ」と。晏子曰く、「君過てり。夫れ厚く籍斂して以て民に反さず、貨財を棄てて左右を笑わしめ、細民の憂いに傲りて、左右の笑いを崇ぶ、則ち国も亦た望み無きのみ。且つ夫れ孤老凍餒して死すれども、狗に祭有り。鰥寡恤まれずして死すれども、狗に棺有り。行いの辟なること此の若し、百姓之を聞かば、必ず吾が君を怨まん。諸侯之を聞かば、必ず吾が国を軽んぜん。怨み百姓に聚まり、権は諸侯に軽し、而して乃ち以て細物と為すは、君其れ之を図れ」と。公曰く、「善し」と。趣やかに庖に狗を治めしめ、以て朝属に会せしむ。
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論語・郷党篇廄焚けたり。子、朝より退きて曰く、「人を傷つけたるか。」馬を問わず。
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論語・顔淵篇子貢、政を問う。子曰く、「食を足し、兵を足し、民之を信ず。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何をか先にせん。」曰く、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何をか先にせん。」曰く、「食を去らん。古より皆死有り、民信無くんば立たず。」
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言志四録・言志後録 第十五条 今日学ばずして来日有りと謂ふ勿れ凡そ人の宜しく急に做すべき所の者は、肯へて急に做さず、必ずしも急に做さざるべき者は、卻って急に做さんと要す。皆錯慮なり。斯の学の如きは、即ち当下の事、即ち急務実用の事なり。今日学ばずして来日有りと謂ふ勿れ。讌を張り客を会し、山に登り湖に泛ぶが如き、凡そ意に適ふ游観の事は、則ち宜しく今日為さずとも猶ほ来日有りと謂ひて可なり。
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