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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第36段

今その然る所以の理由を述べんに、婦人の地位の低きとは、男子に対して低きことなれば、これを引上げて高き処に置かんとするに当たり、第一着に心頭に浮ぶものは、とにかくに、今の婦人をして今の男子の如くならしめんとするの思想なるべし。然り而してその男子の如くなるや、知識気力の深浅強弱如何の辺に止まり、専ら精神を練るの教えを主として、当局の婦人においても、その範囲を脱せざれば甚だ佳しといえども、文明の事は有形の門より入るもの多きの例なれば、婦人の教育についてもその形を先にし、先ず衣裳を改めて文明の風を装い、交際を開いて文明の盛事を学び、只管外国婦人の所業に傚うて活溌を気取り、外面の虚飾を張りてかえって裏面の実を忘れ、活溌は漸く不作法に変じ、虚飾は遂に家計を寒からしめ、未だ西洋文明の精神を得ずして、早く既に自家遺伝の美徳美風を失うことなきを期すべからず。これらの弊害は事物の新旧交代の際に多少免るべからざるものとしてこれを忍ぶも、ここに忍ぶべからざるは、その弊害の極度に至り、今の婦人が男子の挙動に傚わんとして、今の日本男子の品行を学ぶが如きあらばこれを如何すべきや。日本国人の品行美ならずといえども、なお今日までにこれを維持してその醜を蔽い、時として潔清義烈の光を放って我が社会の栄誉を地に落つることなからしめたるものは何ぞや。ただ良家の婦人女子あるのみ。現に今日にあっても私徳品行の一点に至り、我が日本の婦人と西洋諸国の婦人と相対するときは、我に愧ずる所なきのみならず、往々上乗に位して、かの婦人の能くせざる所を能くし、その堪えざる所に堪え、彼をして慚死せしむるものさえ少なからず。内外人の共に許す所にして、即ち我が大日本の国光として誇るべきものなり。もしも年来日本男子をしてその醜行を恣にせしめて、一方に良家婦徳の凜然たるものなからしめなば、我が社会はほとんど暗黒世界たるべきはずなるに、幸いにしてその然らざるは、これを良婦人の賜といわざるを得ず。

書き下し

今その然る所以の理由を述べんに、婦人の地位の低きとは、男子に対して低きことなれば、これを引上げて高き処に置かんとするに当たり、第一着に心頭に浮ぶものは、とにかくに、今の婦人をして今の男子の如くならしめんとするの思想なるべし。然り而してその男子の如くなるや、知識気力の深浅強弱如何の辺に止まり、専ら精神を練るの教えを主として、当局の婦人においても、その範囲を脱せざれば甚だ佳しといえども、文明の事は有形の門より入るもの多きの例なれば、婦人の教育についてもその形を先にし、先ず衣裳を改めて文明の風を装い、交際を開いて文明の盛事を学び、只管外国婦人の所業に傚うて活溌を気取り、外面の虚飾を張りてかえって裏面の実を忘れ、活溌は漸く不作法に変じ、虚飾は遂に家計を寒からしめ、未だ西洋文明の精神を得ずして、早く既に自家遺伝の美徳美風を失うことなきを期すべからず。これらの弊害は事物の新旧交代の際に多少免るべからざるものとしてこれを忍ぶも、ここに忍ぶべからざるは、その弊害の極度に至り、今の婦人が男子の挙動に傚わんとして、今の日本男子の品行を学ぶが如きあらばこれを如何すべきや。日本国人の品行美ならずといえども、なお今日までにこれを維持してその醜を蔽い、時として潔清義烈の光を放って我が社会の栄誉を地に落つることなからしめたるものは何ぞや。ただ良家の婦人女子あるのみ。現に今日にあっても私徳品行の一点に至り、我が日本の婦人と西洋諸国の婦人と相対するときは、我に愧ずる所なきのみならず、往々上乗に位して、かの婦人の能くせざる所を能くし、その堪えざる所に堪え、彼をして慚死せしむるものさえ少なからず。内外人の共に許す所にして、即ち我が大日本の国光として誇るべきものなり。もしも年来日本男子をしてその醜行を恣にせしめて、一方に良家婦徳の凜然たるものなからしめなば、我が社会はほとんど暗黒世界たるべきはずなるに、幸いにしてその然らざるは、これを良婦人の賜といわざるを得ず。

現代語訳

ここで、その理由を述べましょう。婦人の地位が低いというのは、男子に対して低いということですから、これを引き上げて高いところに置こうとするとき、まず第一に頭に浮かぶのは、とにかく今の婦人を今の男子のようにさせようという考えでしょう。そしてその男子のようになるというのが、知識や気力の深浅・強弱の面にとどまり、精神を練る教えを主として、当事者の婦人もその範囲を出なければ大変結構ですが、文明の事柄は形のあるところから入ることが多い例ですので、婦人の教育についても、形を先にして、まず衣装を改めて文明の風を装い、交際を開いて文明の盛事を学び、ひたすら外国の婦人のすることに倣って活発を気取り、外面の飾りを張って、かえって裏の実質を忘れ、活発はやがて不作法に変わり、虚飾はついには家計を苦しくし、まだ西洋文明の精神を得ないうちに、早くもわが家に伝わる美徳美風を失わないとは保証できません。これらの弊害は、事物の新旧交代の際には多少は避けられないものとして耐えるとしても、耐えられないのは、その弊害が極限に至って、今の婦人が男子の行動に倣おうとして、今の日本男子の品行を学ぶようなことがあれば、どうすればよいかということです。日本国民の品行は立派でないとはいえ、今日までそれを保ってその醜さを覆い、ときに清らかで義に厚い光を放って、我が社会の栄誉を地に落とさずにきたのは何でしょうか。ただ良家の婦人や娘たちがいたからです。現に今日においても、私徳や品行の一点では、我が日本の婦人と西洋諸国の婦人を相対すると、我が方に恥じるところがないばかりか、しばしば上位にあって、彼女たちにできないことをよくし、彼女たちが耐えられないことに耐え、彼女たちを恥じ入って死なせるほどのものさえ少なくありません。内外の人がともに認めるところで、わが大日本の国の光として誇るべきものです。もし長年、日本男子に醜行をほしいままにさせて、一方に良家の婦徳の凛然たるものがなかったとしたら、わが社会はほとんど暗黒の世界になっていたはずですが、幸いにしてそうならなかったのは、良き婦人たちのおかげと言わざるを得ません。

解説

婦人の地位を高めるとき、形から入って男性のまねをすれば、肝心の品行まで男性の悪い点を学びかねないと、福沢は警戒します。新しい様式の導入が、既存の美点を壊すこともあるという見方です。組織の変革でも、表面的な模倣が中身を損なう場面はあり得ます。他方で、日本の婦人を美徳の担い手として持ち上げる記述には、当時の理想化された女性像が表れており、今日では慎重に読む必要があります。

この章句が説くこと

婦人の地位有形の文明虚飾良家の婦人婦徳国光

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