福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第35段
然るにここに支那学の古流に従って、女子のために特に定めたる教義あり。その義は諸書に記して多き中について、我が国普通の書を『女大学』と称し、女教の大要を陳べたるものなるが、書中往々不都合にして解すべからざるものなきにあらず。例えば女子の天性を男子よりも劣るものと認め、女は陰性なり、陰は暗しなど、漠然たる精神論を根本にして説を立つるが如きは、妄漫無稽と称すべきなれども、その他は大抵皆女子を戒めたる言の濃厚なるものに過ぎず。我輩がかつて戯れに古人の教えを評し、町家の売物に懸直あるが如しといいしもこの辺の意味にして、『女大学』の濃厚苛刻なる文面を正面より受取り、その極端を行わんとするは、とても実際に叶わざることなれども、さりとて教えの言として見れば道理に差支あるべからず、ただ独り女子のみを責むることなく、男子をもこの教えの範囲内に入れて慎む所あらしむれば、その主義甚だ美なるもの多し。 例えばその文の大意に嫉妬の心あるべからずというも、片落に婦人のみを責むればこそ不都合なれども、男女双方の心得としては争うべからざるの格言なるべし。また姦しく多言するなかれ、漫りに外出するなかれというも、男女共にその程度を過ぐるは誉むべきことにあらず。また巫覡に迷うべからず、衣服分限に従うべし、年少きとき男子と猥れ猥れしくすべからず云々は最も可なり。また夫を主人として敬うべしというは、女子より言を立てて一方に偏するが故に不都合なるのみ。けだし主人とするとは敬礼の極度を表したるものなれば、男子の方より婦人に対し、夫婦の間は必ず敬礼を尽し、ただにその内君を親愛するのみならず、時としては君に事うるの礼を以てこれを接すべしといえば、夫を主人とするの語も、また差支なかるべし。されば我輩、婦人の地位を高くするの議論は満腹溢るるが如くにして、自ずからその方便もなきにあらずといえども、これは他日に譲り、今日の目的は今の婦人の地位をばそのままに差置き、『女大学』をも大抵の処まではこれを潰さずして、かえって男子をしてこの『女大学』の主義に従わしめ、以て男子の品行を糺して双方を併行の点に維持せんとするにあるものなり。
書き下し
然るにここに支那学の古流に従って、女子のために特に定めたる教義あり。その義は諸書に記して多き中について、我が国普通の書を『女大学』と称し、女教の大要を陳べたるものなるが、書中往々不都合にして解すべからざるものなきにあらず。例えば女子の天性を男子よりも劣るものと認め、女は陰性なり、陰は暗しなど、漠然たる精神論を根本にして説を立つるが如きは、妄漫無稽と称すべきなれども、その他は大抵皆女子を戒めたる言の濃厚なるものに過ぎず。我輩がかつて戯れに古人の教えを評し、町家の売物に懸直あるが如しといいしもこの辺の意味にして、『女大学』の濃厚苛刻なる文面を正面より受取り、その極端を行わんとするは、とても実際に叶わざることなれども、さりとて教えの言として見れば道理に差支あるべからず、ただ独り女子のみを責むることなく、男子をもこの教えの範囲内に入れて慎む所あらしむれば、その主義甚だ美なるもの多し。 例えばその文の大意に嫉妬の心あるべからずというも、片落に婦人のみを責むればこそ不都合なれども、男女双方の心得としては争うべからざるの格言なるべし。また姦しく多言するなかれ、漫りに外出するなかれというも、男女共にその程度を過ぐるは誉むべきことにあらず。また巫覡に迷うべからず、衣服分限に従うべし、年少きとき男子と猥れ猥れしくすべからず云々は最も可なり。また夫を主人として敬うべしというは、女子より言を立てて一方に偏するが故に不都合なるのみ。けだし主人とするとは敬礼の極度を表したるものなれば、男子の方より婦人に対し、夫婦の間は必ず敬礼を尽し、ただにその内君を親愛するのみならず、時としては君に事うるの礼を以てこれを接すべしといえば、夫を主人とするの語も、また差支なかるべし。されば我輩、婦人の地位を高くするの議論は満腹溢るるが如くにして、自ずからその方便もなきにあらずといえども、これは他日に譲り、今日の目的は今の婦人の地位をばそのままに差置き、『女大学』をも大抵の処まではこれを潰さずして、かえって男子をしてこの『女大学』の主義に従わしめ、以て男子の品行を糺して双方を併行の点に維持せんとするにあるものなり。
現代語訳
ところで、中国の古い学問の流儀に従って、女子のために特に定められた教えがあります。その教えは諸書に記されて多いのですが、そのなかで我が国で一般に知られた書を『女大学』といい、女子教育の大要を述べたものです。この書には、ところどころ不都合で理解できないところがないわけではありません。たとえば、女子の天性を男子より劣るものと認め、女は陰の性質で、陰は暗いなど、漠然とした精神論を根本にして説を立てるのは、でたらめで根拠がないというべきですが、そのほかは大体、女子を戒めた言葉が濃厚なものにすぎません。私がかつて戯れに古人の教えを評して「町家の売り物に掛け値があるようなものだ」と言ったのも、この辺の意味で、『女大学』の濃厚で厳しい文面を真正面から受け取って、その極端を実行しようとするのは、とても実際にはできないことですが、そうかといって、教えの言葉として見れば、道理に差し支えるところはなく、ただ女子だけを責めるのではなく、男子もこの教えの範囲に入れて慎むところを持たせれば、その主義はたいへん美しいものが多いのです。 たとえばその文の大意に、嫉妬の心を持ってはならないとありますが、片方だけ婦人を責めるから不都合なのであって、男女双方の心得としては争う余地のない格言でしょう。また、やかましく多言してはならない、みだりに外出してはならないというのも、男女ともにその程度を超えるのは褒められることではありません。また、まじない師に惑わされてはならない、衣服は身分相応にせよ、年少のとき男子とみだりに親しくしてはならない云々も、最もよいことです。また、夫を主人として敬うべしというのは、女子の側からだけ言うので一方に偏って不都合なだけです。思うに、主人とするとは敬礼の極みを表したものですから、男子の側から婦人に対して、夫婦の間では必ず敬礼を尽くし、ただ妻を親愛するだけでなく、ときには君主に仕える礼をもって接するべきだと言えば、夫を主人とするという語も差し支えないでしょう。ですから、私は婦人の地位を高くする議論は満腹するほど持っており、おのずとその方法もないわけではありませんが、それは他日に譲り、今日の目的は、今の婦人の地位をそのままにしておき、『女大学』をも大体のところまでは潰さず、かえって男子にこの『女大学』の主義に従わせ、男子の品行を正して双方を並行する点に維持しようとするところにあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 司馬穰苴列伝已にして大夫鮑氏・高・国の属之を害み、景公に譖る。景公、穰苴を退く。苴、疾を発して死す。田乞・田豹の徒、此れに由り高・国等を怨む。其の後、田常の簡公を殺すに及び、尽く高子・国子の族を滅ぼす。常の曾孫和に至り、因りて自立して斉の威王と為り、兵を用ゐ威を行ふに、大いに穰苴の法に放ひ、而して諸侯斉に朝す。
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史記 孫子呉起列伝孫武既に死し、後百余歳して孫臏有り。臏は阿・鄄の間に生まる。臏も亦た孫武の後世の子孫なり。孫臏嘗て龐涓と倶に兵法を学ぶ。龐涓既に魏に事へ、恵王の将軍と為るを得たり。而れども自ら以為らく、能は孫臏に及ばず、と。乃ち陰かに孫臏を召さしむ。臏至り、龐涓、其の己より賢なるを恐れ、之を疾む。則ち法刑を以て其の両足を断ちて之を黥し、隠れて見る勿らんことを欲す。
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『呻吟語』内篇・修身・真修と語る可し人と為りて善を揚ぐる者の心を復すること無く、惡を稱する者の口を實にすること無くんば、亦た以て真修と語る可し。
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『初学訓』巻之五一人と才能を争ふべからず、人と威勢を争ふべからず、人の才あるを妬むべからず。おのれ立たんとして、人をも立つべし、我のみ立たんとすべからず。心けはしく、人を言ひ貶すは、人をそこなひ、物をやぶるなり。不仁と云ひつべし。
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史記 白起王翦列伝韓・趙恐れ、蘇代をして幣を厚くして秦の相応侯に説かしめて曰く、「武安君は馬服子を禽にせるか」と。曰く、「然り」と。また曰く、「即ち邯鄲を囲まんとするか」と。曰く、「然り」と。「趙亡びば則ち秦王は王たらん、武安君は三公と為らん。武安君の秦の為に戦ひ勝ち攻め取る所の者は七十余城、南のかた鄢・郢・漢中を定め、北のかた趙括の軍を禽にす。周・召・呂望の功と雖もこれに益さず。今、趙亡びて、秦王王たらば、則ち武安君必ず三公と為らん。君能くこれが下と為らんか。これが下と為るを欲すること無しと雖も、固より已むを得ざらん。秦嘗て韓を攻め、邢丘を囲み、上党を困しむ。上党の民皆反りて趙の為にす。天下の秦の民たるを楽しまざるの日久し。今、趙を亡ぼさば、北地は燕に入り、東地は斉に入り、南地は韓・魏に入らん、則ち君の得る所の民は幾何人も亡し。故に因りてこれを割かしめ、以て武安君の功と為すこと無きに如かず」と。是に於いて応侯、秦王に言ひて曰く、「秦の兵労る、請ふ韓・趙の地を割きて以て和するを許し、且つ士卒を休めん」と。王これを聴き、韓の垣雍・趙の六城を割きて以て和す。正月、皆兵を罷む。武安君これを聞き、是に由りて応侯と隙有り。
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人物志・釋爭前に在る者は然れば之を害せられ、功有る者は人之を毀り、毀敗する者は人之を幸とす。
人生を、一行の式にしてみた。
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