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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第30段

日本男子の内行不取締は、その実において既に厭うべきもの少なからざるなおその上に、古来習俗の久しき、醜を醜とせずして愧ずるを知らざるのみならず、甚だしきに至りて、その狼藉無状の挙動を目して磊落と称し、赤面の中に自ずから得意の意味を含んで、世間の人もこれを許して問わず、上流社会にてはその人を風流才子と名づけて、人物に一段の趣を添えたるが如くに見え、下等の民間においても、色は男の働きなどいう通語を生じて、かつて憚る所なきは、その由来、けだし一朝一夕のことにあらず。我が王朝文弱の時代にその風を成し、玉の盃底なきが如しなどの語は、今に至るまで人口に膾炙する所にして、爾後武家の世にあっては、戸外兵馬の事に忙わしくして内を修むるに遑なく、下って徳川の治世に儒教大いに興りたれども、支那の流儀にして内行の正邪は深く咎めざるのみならず、文化文政の頃に至りては治世の極度、儒もまた浮文に流れて洒落放胆を事とし、殊に三都の如きはその最も甚だしきものにして、儒者文人の叢淵即ち不品行家の巣窟とも名づくべき悪風を成し、遂に徳川を終わりて明治の新世界に変じたれども、いわゆる洒落放胆の気風は今なお存して止まず、かの洋学者流の如き、その学ぶ所の事柄は全く儒林の外にして、仮令え西洋の宗教道徳門に入らざるも、その国人に接し、その言を聴き、その書を読み、その風俗を視察するときは、事の内実はともかくも、その表面のみにても、これを日本の事態に比して大いに異なる所あるを発明し、大いに悟りて自ら新たにし、儒流洒落の不品行を脱却して紳士の正に帰すべきはずなるに、言行一切西洋流なるにもかかわらず、内行の一点に至りては純然たる旧日本人の本色を失わざるもの多し。けだし社会一般の習俗に制せられて、醜を醜とするの明を失うたるものにして、あるいはこれを評し有心故造の罪にあらず、無心に悪を犯すの愚というも可ならん。この点より見れば悪むべきにあらず、むしろ憐れむべきのみ。

書き下し

日本男子の内行不取締は、その実において既に厭うべきもの少なからざるなおその上に、古来習俗の久しき、醜を醜とせずして愧ずるを知らざるのみならず、甚だしきに至りて、その狼藉無状の挙動を目して磊落と称し、赤面の中に自ずから得意の意味を含んで、世間の人もこれを許して問わず、上流社会にてはその人を風流才子と名づけて、人物に一段の趣を添えたるが如くに見え、下等の民間においても、色は男の働きなどいう通語を生じて、かつて憚る所なきは、その由来、けだし一朝一夕のことにあらず。我が王朝文弱の時代にその風を成し、玉の盃底なきが如しなどの語は、今に至るまで人口に膾炙する所にして、爾後武家の世にあっては、戸外兵馬の事に忙わしくして内を修むるに遑なく、下って徳川の治世に儒教大いに興りたれども、支那の流儀にして内行の正邪は深く咎めざるのみならず、文化文政の頃に至りては治世の極度、儒もまた浮文に流れて洒落放胆を事とし、殊に三都の如きはその最も甚だしきものにして、儒者文人の叢淵即ち不品行家の巣窟とも名づくべき悪風を成し、遂に徳川を終わりて明治の新世界に変じたれども、いわゆる洒落放胆の気風は今なお存して止まず、かの洋学者流の如き、その学ぶ所の事柄は全く儒林の外にして、仮令え西洋の宗教道徳門に入らざるも、その国人に接し、その言を聴き、その書を読み、その風俗を視察するときは、事の内実はともかくも、その表面のみにても、これを日本の事態に比して大いに異なる所あるを発明し、大いに悟りて自ら新たにし、儒流洒落の不品行を脱却して紳士の正に帰すべきはずなるに、言行一切西洋流なるにもかかわらず、内行の一点に至りては純然たる旧日本人の本色を失わざるもの多し。けだし社会一般の習俗に制せられて、醜を醜とするの明を失うたるものにして、あるいはこれを評し有心故造の罪にあらず、無心に悪を犯すの愚というも可ならん。この点より見れば悪むべきにあらず、むしろ憐れむべきのみ。

現代語訳

日本の男子の家庭内での行いの乱れは、実際のところ、もともと嫌うべき点が少なくないうえに、古来の習俗が久しく続いたために、醜いことを醜いとせず、恥じることを知らないだけでなく、甚だしくはその乱暴で無作法な振る舞いを「磊落」と呼び、赤面すべきところに自ずから得意げな気持ちをにじませ、世間の人もそれを許して問わず、上流社会ではその人を「風流才子」と名づけて、人物に一段の趣を添えるかのように扱い、下層の民間でも「色は男の働き」といった言い回しが生まれて、少しも憚るところがありません。その由来は、思うに一朝一夕のことではありません。我が王朝が文弱だった時代にこの風が成り、「玉の盃は底なきがごとし」などの言葉は今に至るまで人々の口に広まっています。その後の武家の世では、戸外の兵馬のことで忙しく、家の内を修める暇がなく、下って徳川の治世に儒教が大いに興りましたが、中国流のやり方では家庭内の行いの正邪を深く咎めないどころか、文化文政の頃になると、太平の世の極みで、儒者もまた浮ついた文に流れて洒落や放胆を事とし、とくに江戸・京・大坂の三都ではそれが最もひどく、儒者や文人の集まる所は不品行家の巣窟と呼ぶべき悪風を成しました。そうして徳川の世が終わって明治の新世界に変わりましたが、いわゆる洒落放胆の気風は今なお残って止みません。あの洋学者の類など、その学ぶ事柄は儒学とはまったく別で、たとえ西洋の宗教や道徳の門に入らなくても、その国の人に接し、その言葉を聴き、その書を読み、その風俗を観察すれば、内実はともかく、表面だけでも、日本のありさまと大いに異なる点があることに気づき、大いに悟って自分を新たにし、儒者流の洒落の不品行を脱して、紳士の正道に帰るはずなのに、言行のすべてが西洋流でありながら、家庭内での行いの一点については、純然たる旧日本人の本色を失わない者が多いのです。思うに、社会一般の習俗に縛られて、醜を醜とする明を失ったのであって、あるいはこれを評して、わざと悪事を企てる罪ではなく、無心に悪を犯す愚かさといってもよいでしょう。この点から見れば、憎むべきではなく、むしろ憐れむべきです。

解説

不品行を「磊落」「風流才子」と呼んで美化してきた習俗の歴史を、福沢は王朝、武家、徳川の儒教、明治の洋学者と順にたどります。恥を恥と感じなくなるのは、本人が悪意を持つからというより、周囲の習慣と呼び名が許すからだ、という洞察です。組織の悪習が「うちの文化」として温存される仕組みとも重なります。なお、『支那』は当時の中国の呼称で、今日の感覚と異なります。

この章句が説くこと

磊落風流才子習俗儒教洋学者洒落放胆

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