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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第29段

日本男子鉄面皮なるも、その眼に映じて醜なるものは醜にして、美なるものは美なるべし。既に醜美の判断を得たり、然らば則ち何ぞその醜を去って美に就かざるや。本来醜美は自身の内に存するものにして、毫末も他に関係あるべからず。いやしくも我が一身の内に美ならんか、身外満目の醜美は以て我が美を軽重するに足らず。あるいはこれに反して我が身に一点の醜を包蔵せんか、満天下に無限の醜を放つものあるも、その醜は以て我が醜を浄むるに足らず、また恕するに足らず。されば文明なる西洋諸国の社会にもなお醜行の盛んなるを見聞したらば、幸いに取って以て自省の材料にこそ供すべけれ、いかに自儘なる説を作るも、他の悪事を見て自家の悪事を恕するの口実に用いんとするが如きは、我輩の断じて許さざる所なり。近く比喩を以てこれを示さんに、不品行によりて徳を害するも、虎列剌毒に触れて身を害するも、その害は同様なるべし。然るに今虎列剌の流行に際して我が保身の法を如何するや。天下の人皆病毒に感ず、流行病は天下の流行にして、西洋諸国また然りとのことなれば、もはや我が身も自ら顧みるに遑あらず、共にその毒に伝染して広く世界の人と病苦死生を与にすべしとて、自暴自棄する者あるべきや。我輩未だその人を見ざるのみならず、その流行のいよいよ盛んなるに従って自ら戒むるの法もいよいよ綿密にして、謹慎に謹慎を加うるは、世界古今人情の常なり。人生の身体とその精神と、いずれをも軽しとしまた重しとすべからざるはいうまでもなきことにして、今内行の不取締は、人倫の大本を破りて先ず精神を腐敗せしむるものなり。身体を犯すの病毒はこれを恐るること非常にして、精神を腐敗せしむるの不品行は、世間に同行者の多きがためにとて自らこれを犯して罪を免れんとす。無稽もまた甚だしというべし。故にかの西洋家流が欧米の著書・新聞紙など読みてその陰所の醜を探り、ややもすればこれを公言して、以て冥々の間に自家の醜を瞞着せんとするが如き工風を運らすも、到底我輩の筆鋒を遁るるに路なきものと知るべし。

書き下し

日本男子鉄面皮なるも、その眼に映じて醜なるものは醜にして、美なるものは美なるべし。既に醜美の判断を得たり、然らば則ち何ぞその醜を去って美に就かざるや。本来醜美は自身の内に存するものにして、毫末も他に関係あるべからず。いやしくも我が一身の内に美ならんか、身外満目の醜美は以て我が美を軽重するに足らず。あるいはこれに反して我が身に一点の醜を包蔵せんか、満天下に無限の醜を放つものあるも、その醜は以て我が醜を浄むるに足らず、また恕するに足らず。されば文明なる西洋諸国の社会にもなお醜行の盛んなるを見聞したらば、幸いに取って以て自省の材料にこそ供すべけれ、いかに自儘なる説を作るも、他の悪事を見て自家の悪事を恕するの口実に用いんとするが如きは、我輩の断じて許さざる所なり。近く比喩を以てこれを示さんに、不品行によりて徳を害するも、虎列剌毒に触れて身を害するも、その害は同様なるべし。然るに今虎列剌の流行に際して我が保身の法を如何するや。天下の人皆病毒に感ず、流行病は天下の流行にして、西洋諸国また然りとのことなれば、もはや我が身も自ら顧みるに遑あらず、共にその毒に伝染して広く世界の人と病苦死生を与にすべしとて、自暴自棄する者あるべきや。我輩未だその人を見ざるのみならず、その流行のいよいよ盛んなるに従って自ら戒むるの法もいよいよ綿密にして、謹慎に謹慎を加うるは、世界古今人情の常なり。人生の身体とその精神と、いずれをも軽しとしまた重しとすべからざるはいうまでもなきことにして、今内行の不取締は、人倫の大本を破りて先ず精神を腐敗せしむるものなり。身体を犯すの病毒はこれを恐るること非常にして、精神を腐敗せしむるの不品行は、世間に同行者の多きがためにとて自らこれを犯して罪を免れんとす。無稽もまた甚だしというべし。故にかの西洋家流が欧米の著書・新聞紙など読みてその陰所の醜を探り、ややもすればこれを公言して、以て冥々の間に自家の醜を瞞着せんとするが如き工風を運らすも、到底我輩の筆鋒を遁るるに路なきものと知るべし。

現代語訳

日本の男子が厚顔であっても、その目に映って醜いものは醜く、美しいものは美しいはずです。すでに美醜の判断ができているのなら、どうしてその醜いものを去って美しいものに就かないのですか。本来、美醜は自分自身の内にあるもので、少しも他に関係してはなりません。もし我が一身が内に美しいならば、身の外の見渡す限りの美醜は、我が美を増減させるものではありません。逆に我が身に一点の醜を抱えているなら、天下に無限の醜を放つ者がいたとしても、その醜は自分の醜を清めるに足りず、許す理由にもなりません。ですから、文明の西洋諸国の社会にもなお醜行が盛んなことを見聞したなら、幸いとしてそれを自省の材料にすべきで、どんなに勝手な説を作っても、他人の悪事を見て自分の悪事を許す口実にしようとするのは、私が断じて許さないところです。近い比喩で示しましょう。不品行によって徳を害するのも、コレラの毒に触れて身を害するのも、その害は同様でしょう。ところで、コレラが流行するときに、我が身を守る方法をどうしますか。天下の人がみな病毒に感染する、流行病は天下の流行で、西洋諸国もまたそうだとのことなので、もはや我が身をも顧みる暇はない、共にその毒に感染して広く世界の人と病苦や生死を共にしよう、と自暴自棄になる者がいるでしょうか。私はまだそんな人を見たことがないばかりか、流行がますます盛んになるにつれて、自ら戒める方法もますます綿密になり、慎みに慎みを加えるのが、世界の古今を通じた人情の常です。人の身体と精神は、どちらも軽んじたり重んじたりしてはならないことはいうまでもなく、いま家庭内での行いの乱れは、人倫の大本を破って、まず精神を腐敗させるものです。身体を犯す病毒は非常に恐れるのに、精神を腐敗させる不品行は、世間に同じことをする者が多いからといって自らこれを犯し、罪を免れようとします。根拠がなさすぎるというべきです。ですから、あの西洋かぶれの連中が、欧米の著書や新聞などを読んでその陰の醜を探し出し、ともすればそれを公言して、知らず知らずのうちに自分の醜をごまかそうとする工夫をめぐらしても、結局は私の筆鋒から逃れる道がないと知るべきです。

解説

他人も悪いことをしているから自分も許される、という理屈を、福沢はコレラの流行の比喩で退けます。周りが感染しているからといって、自暴自棄にならず、むしろ用心を重ねるのが人情の常だというわけです。この指摘は、不正や不祥事が業界全体の慣行とされたときの対応にも当てはまります。美醜は自分の内にあり、他人と比べて軽くなるものではないという考え方は、一つの自律の形を示しています。

この章句が説くこと

美醜自省口実コレラ精神の腐敗西洋家

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