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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第14段

主人の内行修まらざるがために、一家内に様々の風波を起こして家人の情を痛ましめ、以てその私徳の発達を妨げ、不孝の子を生じ、不悌不友の兄弟姉妹を作るは、固より免るべからざるの結果にして、怪しむに足らざる所なれども、ここに最も憐れむべきは、家に男尊女卑の悪習を醸して、子孫に圧制卑屈の根性を成さしむるの一事なり。男子の不品行は既に一般の習慣となりて、人の怪しむ者なしというといえども、人類天性の本心において、自ら犯すその不品行を人間の美事として誇る者はあるべからず。否百人は百人、千人は千人、皆これを心の底に愧じざるものなし。内心にこれを愧じて外面に傲慢なる色を装い、磊落なるが如く無頓着なるが如くにして、強いて自ら慰むるのみなれども、俗にいわゆる疵持つ身にして、常に悠々として安心するを得ず。その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるることあれば、その時の不愉快は譬えんに物なし。無心の小児が父を共にして母を異にするの理由を問い、隣家には父母二人に限りて吾が家に一父二、三母あるは如何などと、不審を起こして詰問に及ぶときは、さすが鉄面皮の乃父も答うるに辞なく、ただ黙して冷笑するか顧みて他を言うのほかなし。即ちその身の弱点にして、小児の一言、寸鉄腸を断つものなり。既にこの弱点あれば常にこれを防禦するの工風なかるべからず。その策如何というに、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を視ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君におけるが如くならしめ、あたかも一家の至尊には近づくべからず、その忌諱には触るべからず、俗にいえば殿様旦那様の御機嫌は損ずべからずとして、上下尊卑の分を明らかにし、例の内行禁句の一事に至りては、言の端にもこれをいわずして、家内、目を以てするの家風を養成すること最も必要にして、この一策は取りも直さず内行防禦の胸壁とも称すべきものなり。

書き下し

主人の内行修まらざるがために、一家内に様々の風波を起こして家人の情を痛ましめ、以てその私徳の発達を妨げ、不孝の子を生じ、不悌不友の兄弟姉妹を作るは、固より免るべからざるの結果にして、怪しむに足らざる所なれども、ここに最も憐れむべきは、家に男尊女卑の悪習を醸して、子孫に圧制卑屈の根性を成さしむるの一事なり。男子の不品行は既に一般の習慣となりて、人の怪しむ者なしというといえども、人類天性の本心において、自ら犯すその不品行を人間の美事として誇る者はあるべからず。否百人は百人、千人は千人、皆これを心の底に愧じざるものなし。内心にこれを愧じて外面に傲慢なる色を装い、磊落なるが如く無頓着なるが如くにして、強いて自ら慰むるのみなれども、俗にいわゆる疵持つ身にして、常に悠々として安心するを得ず。その家人と共に一家に眠食して団欒たる最中にも、時として禁句に触れらるることあれば、その時の不愉快は譬えんに物なし。無心の小児が父を共にして母を異にするの理由を問い、隣家には父母二人に限りて吾が家に一父二、三母あるは如何などと、不審を起こして詰問に及ぶときは、さすが鉄面皮の乃父も答うるに辞なく、ただ黙して冷笑するか顧みて他を言うのほかなし。即ちその身の弱点にして、小児の一言、寸鉄腸を断つものなり。既にこの弱点あれば常にこれを防禦するの工風なかるべからず。その策如何というに、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を視ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君におけるが如くならしめ、あたかも一家の至尊には近づくべからず、その忌諱には触るべからず、俗にいえば殿様旦那様の御機嫌は損ずべからずとして、上下尊卑の分を明らかにし、例の内行禁句の一事に至りては、言の端にもこれをいわずして、家内、目を以てするの家風を養成すること最も必要にして、この一策は取りも直さず内行防禦の胸壁とも称すべきものなり。

現代語訳

主人の内行が修まらないために、一家の内に様々な波風を起こして家人の情を痛ませ、それによってその私徳の発達を妨げ、不孝の子を生み、不悌不友の兄弟姉妹を作ることは、もとより免れない結果で、怪しむに足りないところだが、ここにもっとも哀れむべきは、家に男尊女卑の悪習を醸して、子孫に圧制と卑屈の根性を植えつけることの一事である。男子の不品行はすでに一般の習慣となって、人が怪しむ者もないというけれども、人類天性の本心において、自ら犯したその不品行を人間の美事として誇る者はいるはずがない。いや百人は百人、千人は千人、みなこれを心の底で恥じないものはない。内心でこれを恥じながら外面は傲慢な様子を装い、豪放であるかのように無頓着であるかのようにして、無理に自ら慰めるだけだが、俗にいう傷持つ身で、常に悠々として安心することができない。その家人とともに一家で寝食して団欒している最中にも、時として禁句に触れられることがあれば、そのときの不愉快はたとえようもない。無邪気な幼い子が、父を同じくして母を異にする理由を問い、隣の家には父母二人に限るのに我が家に一人の父と二、三人の母があるのはどうしてかなどと、不審を起こして詰問に及ぶときは、さすがに面の皮の厚い父親も答える言葉がなく、ただ黙って冷笑するか、顔をそむけて他のことを言うほかない。これはその身の弱点であって、幼児の一言は、小さな刃が腸を断つようなものである。すでにこの弱点がある以上は、常にこれを防御する工夫がなくてはならない。その策はどうかというと、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を他人のように見なし、妻妾や子孫に自分に仕えること奴隷が主君に仕えるようにさせ、あたかも一家の至尊には近づいてはならない、その忌み嫌うことには触れてはならない、俗にいえば殿様・旦那様のご機嫌は損ねてはならないとして、上下尊卑の分を明らかにし、例の内行という禁句の一事については、言葉の端にものぼせず、家内が目で通じ合う家風を養成することがもっとも必要で、この一策はとりもなおさず内行防御の胸壁とも称すべきものである。

解説

福沢は、主人の不品行は家に男尊女卑と、子孫の圧制卑屈の根性を生むと述べます。後ろめたさを隠すため、家長が厳格さと威張りで家人を抑え込むという分析が鋭い一節です。「妻妾」は当時の語で、今日の感覚と異なります。後ろめたさを隠すために権威で押さえつける上司の姿や、言えない空気が生む萎縮は、現代の職場にも見られる構図です。福沢の描く家庭像は当時のものですが、権威で恥を隠す構図そのものは、時代を超えて検討できます。

この章句が説くこと

男尊女卑内行後ろめたさ家人の卑屈威張り家風

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