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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第21段

そもそも内行の不取締は法律上における破廉恥などとは趣を異にして、直ちに咎むべき性質のものにあらず。また人の口にし耳にするを好まざる所のものなれば、ややもすれば不知不識の際にその習俗を成しやすく、一世を過ぎ二世を経るのその間には、習俗遂にあたかもその時代の人の性となり、また挽回すべからざるに至るべし。往古、我が王朝の次第に衰勢に傾きたるも、在朝の群臣、その内行を慎まずして私徳を軽んじ、内にこれを軽んじて外に公徳の大義を忘れ、その終局は一身の私権、戸外の公権をも併せて失い尽したるものならんのみ。されば今日の政治家が政事に熱心するも、単に自身一時の富貴のためにあらず、天下後世のために、国民の私権を張り公権を伸ばすの道を開かんとするの趣意にこそあれば、後の世の政治社会に宜しからざる先例を遺すは、必ず不本意なることならん。もしもその本心に問うて慊からざることあらば、仮令え法律上に問うものなきも、何ぞ自ら省みて、これを今日に慎まざるや。金玉もただならざる貴重の身にして自らこれを汚し、一点の汚穢は終身の弱点となり、もはや諸々の私徳に注意するの穎敏を失い、あたかも精神の痲痺を催してまた私権を衛るの気力もなく、漫然世と推移りて、道理上よりいえば人事の末とも名づくべき政事政談に熱するが如き、我輩は失敬ながら本を知らずして末に走るの人と評せざるを得ざるなり。

書き下し

そもそも内行の不取締は法律上における破廉恥などとは趣を異にして、直ちに咎むべき性質のものにあらず。また人の口にし耳にするを好まざる所のものなれば、ややもすれば不知不識の際にその習俗を成しやすく、一世を過ぎ二世を経るのその間には、習俗遂にあたかもその時代の人の性となり、また挽回すべからざるに至るべし。往古、我が王朝の次第に衰勢に傾きたるも、在朝の群臣、その内行を慎まずして私徳を軽んじ、内にこれを軽んじて外に公徳の大義を忘れ、その終局は一身の私権、戸外の公権をも併せて失い尽したるものならんのみ。されば今日の政治家が政事に熱心するも、単に自身一時の富貴のためにあらず、天下後世のために、国民の私権を張り公権を伸ばすの道を開かんとするの趣意にこそあれば、後の世の政治社会に宜しからざる先例を遺すは、必ず不本意なることならん。もしもその本心に問うて慊からざることあらば、仮令え法律上に問うものなきも、何ぞ自ら省みて、これを今日に慎まざるや。金玉もただならざる貴重の身にして自らこれを汚し、一点の汚穢は終身の弱点となり、もはや諸々の私徳に注意するの穎敏を失い、あたかも精神の痲痺を催してまた私権を衛るの気力もなく、漫然世と推移りて、道理上よりいえば人事の末とも名づくべき政事政談に熱するが如き、我輩は失敬ながら本を知らずして末に走るの人と評せざるを得ざるなり。

現代語訳

そもそも家庭内での振る舞いの乱れは、法律上の破廉恥罪などとは性質が異なり、ただちに咎められるものではありません。また人が口にしたり耳にしたりするのを好まないことなので、ともすれば知らず知らずのうちに習俗となりやすく、一世代を過ぎ二世代を経るうちに、その習俗がついにその時代の人の性質のようになり、もはや取り戻せなくなるでしょう。昔、我が王朝が次第に衰えに傾いたのも、朝廷にいた臣下たちが内での行いを慎まず、私徳を軽んじ、内でそれを軽んじたために外の公徳の大義を忘れ、その結末は一身の私権も、戸外の公権もともに失い尽くしたからにほかなりません。今日の政治家が政事に熱心なのも、ただ自分一時の富貴のためではなく、天下後世のために、国民の私権を張り公権を伸ばす道を開こうとする趣旨のはずです。それならば、後の世の政治社会によくない先例を残すことは、必ず本意ではないでしょう。もし本心に問うてやましいことがあるなら、たとえ法律上は問う者がいなくても、どうして自ら省みて、今日のうちに慎まないのですか。宝玉にも勝る貴重な身を自ら汚し、一点の汚れが生涯の弱点となれば、もはや種々の私徳に注意する鋭敏さを失い、精神が麻痺したようになって私権を守る気力もなくなり、漫然と世の流れに身を任せ、道理から言えば人事の末にあたる政事や政談に熱を上げるのです。私は失礼ながら、本を知らずに末に走る人と評さざるを得ません。

解説

法に触れない私的な乱れは、咎められにくいぶん、習俗となって世代を超えて残ります。福沢は、この放置が公徳の喪失、ひいては王朝の衰えにつながったと見ます。歴史の因果をここまで単純に言い切れるかは議論の余地がありますが、「小さな緩みは法で裁かれないから広がる」という指摘は、組織文化の劣化を考える手がかりになります。一点の汚れが生涯の弱点となり、本来の志まで鈍らせるという見方も、立場ある人には耳が痛いところでしょう。

この章句が説くこと

内行習俗私徳公徳弱点本末

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