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福沢諭吉小品集 / 日本男子論・第32段

数百年来の習俗なれば、これを酷に咎むるは無益の談に似たれども、今の日本は、これ日本国中の日本にあらずして、世界万国に対する文明世界中の日本なれば、いやしくも日本の栄誉を重んずる士人においては、少しく心する所のものなかるべからず。試みに一例を挙げて士人に問わん。君らがいわゆる盛会に例の如く妓を聘し酒を飲み得々談笑するときは勿論、時としては親戚・朋友・男女団欒たる内宴の席においても、一座少しく興に入るとき、盃盤を狼藉ならしむる者は、君らにあらずして誰ぞや。その狼藉はなお可なり、酒席の一興、かえって面白しとして恕すべしといえども、座中ややもすれば三々五々の群を成して、その談、花街柳巷の事に及ぶが如きは聞くに堪えず。そもそもその花柳の談を喋々喃々するは、何を談じ何を笑い、何を問い何を答うるや。別品といい色男といい、愉快といい失策というが如き、様々の怪語醜言を交え用いて、いかなる談話を成すや。酔狂喧嘩の殺風景なる、固より厭うべしといえども、花柳談の陰醜なるは酔狂の比にあらざるなり。もしも外国人の中に、日本語に通ずること最も巧みにして、談話の意味は勿論、その語気の微妙なる部分までも穎敏に解し得る者あるか、または日本人にして外国語を能くし、いかなる日本語にてもその真面目を外国語に写して毫も誤らざる者ありて、君らの談話を一より十に至るまで遺る所なく通弁しまた翻訳して、西洋文明国の中人以上、紳士貴女をしてこれを聴かしめ、またその訳文を読ましめたらば、かの士女は果たして如何の評を下すべきや。一切の事情をば問わずして、ただ喫驚の余りに、日本の紳士は下郎なりと放言し去ることならん。君らは斯る評論を被りて、果たして愧ずる所なきか。

書き下し

数百年来の習俗なれば、これを酷に咎むるは無益の談に似たれども、今の日本は、これ日本国中の日本にあらずして、世界万国に対する文明世界中の日本なれば、いやしくも日本の栄誉を重んずる士人においては、少しく心する所のものなかるべからず。試みに一例を挙げて士人に問わん。君らがいわゆる盛会に例の如く妓を聘し酒を飲み得々談笑するときは勿論、時としては親戚・朋友・男女団欒たる内宴の席においても、一座少しく興に入るとき、盃盤を狼藉ならしむる者は、君らにあらずして誰ぞや。その狼藉はなお可なり、酒席の一興、かえって面白しとして恕すべしといえども、座中ややもすれば三々五々の群を成して、その談、花街柳巷の事に及ぶが如きは聞くに堪えず。そもそもその花柳の談を喋々喃々するは、何を談じ何を笑い、何を問い何を答うるや。別品といい色男といい、愉快といい失策というが如き、様々の怪語醜言を交え用いて、いかなる談話を成すや。酔狂喧嘩の殺風景なる、固より厭うべしといえども、花柳談の陰醜なるは酔狂の比にあらざるなり。もしも外国人の中に、日本語に通ずること最も巧みにして、談話の意味は勿論、その語気の微妙なる部分までも穎敏に解し得る者あるか、または日本人にして外国語を能くし、いかなる日本語にてもその真面目を外国語に写して毫も誤らざる者ありて、君らの談話を一より十に至るまで遺る所なく通弁しまた翻訳して、西洋文明国の中人以上、紳士貴女をしてこれを聴かしめ、またその訳文を読ましめたらば、かの士女は果たして如何の評を下すべきや。一切の事情をば問わずして、ただ喫驚の余りに、日本の紳士は下郎なりと放言し去ることならん。君らは斯る評論を被りて、果たして愧ずる所なきか。

現代語訳

数百年来の習俗ですから、これを厳しく咎めるのは無益な話のようですが、今の日本は日本国内だけの日本ではなく、世界万国に対する文明世界のなかの日本なので、日本の栄誉を重んじる士人は、少し心がけるべきところがなければなりません。試みに一例を挙げて士人に問います。あなた方がいわゆる盛会で例によって芸妓を呼び酒を飲み、得意げに談笑するときはもちろん、ときには親戚や友人、男女が団らんする内輪の宴席でも、一座が少し興に乗ったとき、杯や皿を乱雑にするのは、あなた方でなくて誰ですか。その乱雑さはまだよいとして、酒席の一興、かえって面白いと許せるにしても、座中がともすれば三々五々の群れを成して、その話が花柳界のことに及ぶのは、聞くに堪えません。そもそもその花柳の話をべらべらと喋るとき、何を話し、何を笑い、何を問い、何を答えるのですか。「別品」とか「色男」とか、「愉快」とか「失策」とかいう、さまざまな怪しい言葉や醜い言葉を交えて、どんな談話をしているのですか。酔っ払っての喧嘩の殺風景さはもとより嫌うべきですが、花柳談の陰湿な醜さは酔った騒ぎの比ではありません。もし外国人のなかに、日本語に通じることがきわめて巧みで、談話の意味はもちろん、語気の微妙な部分まで鋭く理解できる者がいるか、あるいは日本人で外国語をよくし、どんな日本語でもその真意を外国語に写して少しも誤らない者がいて、あなた方の談話を一から十まで残さず通訳し翻訳して、西洋文明国の中流以上の紳士・貴婦人に聞かせ、またその訳文を読ませたら、その人々はどのような評価を下すでしょうか。一切の事情は問わず、ただ驚きのあまりに、日本の紳士は下郎だと言い放つことでしょう。あなた方はそのような評を受けて、本当に恥じるところはないのですか。

解説

私的な宴席の下世話な会話が、もし外国語に完訳されて西洋の紳士淑女に聞かれたらどう評価されるか、と福沢は問いかけます。内輪だから許されると思っている言動を、外部の目に晒したらどうか、という想像力の訓練です。SNSの時代には、閉じた場の発言が外に出る機会が実際に増えています。もっとも、基準を西洋人の評価に置く点は、当時の価値観の影が濃く出ています。

この章句が説くこと

盛会花柳談酒席通弁紳士愧じる

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