福沢諭吉小品集 / 徳育如何・第9段
今試みに社会の表面に立つ長者にして子弟を警め、汝は不遜なり、なにゆえに長者につかえざるや、なにゆえに尊きを尊ばざるや、近時の新説を説きて漫に政治を談ずるが如きは、軽躁のはなはだしきものなりと咎めたらば、少年はすなわちいわん。君は前年なにゆえに廃藩の事を賛成して旧主人の落路を傍観したるや。しかのみならずその旧主人とともに社会に立ち、あるいはその上に位して世の尊敬を受くるも、恬としてはばかる色なきはなにゆえなるや。 かつ君に質問することあり。君が維新の前後、しきりに国事に奔走して政談に熱したるは、その年齢およそ幾歳のころなりしや。この時にあたりて、世間あるいは君の軽躁を悦ばずして、君に忠告すること、今日、君が我々に忠告するが如き者はなかりしや。当時、君はその忠告を甘受したるか。我々ひそかに案ずるに、君は決してかかる忠告を聴く者に非ず。その忠告者をば内心に軽侮し、因循姑息の頑物なりとてただ冷笑したるのみのことならん。 されば我々年少なりといえども、二十年前の君の齢にひとし。我々の挙動、軽躁なりというも、二十年前の君に比すれば、深く譴責を蒙るの理なし。ただし、君は旧幕府の末世にあたりて乱に処し、また維新の初において創業に際したることなれば、おのずから今日の我々に異なり。我々は今日、治世にありて乱を思わず、創業の後を承けて守成を謀る者なり。時勢を殊にし事態を同じゅうせずといえども、熱心の熱度は前年の君に異ならず。けだしこの熱は我々の身において独発に非ず。その実は君の余熱に感じて伝染したるものというも可なり云々と、利口に述べ立てられたらば、長者の輩も容易にこれに答うること能わずして、あるいはひそかに困却するの意味なきに非ざるべし。 その趣は、老成人が少年に向い、直接にその遊冶放蕩を責め、かえって少年のために己が昔年の品行を摘発枚挙せられ、白頭汗を流して赤面するものに異ならず。直接の譴責は各自個々の間にてもなおかつ効を見ること少なし。いわんや天下億万の後進生に向ってこれを責むるにおいてをや。労して功なきのみならず、かえってこれを激するの禍なきを期すべからざるなり。
書き下し
今試みに社会の表面に立つ長者にして子弟を警め、汝は不遜なり、なにゆえに長者につかえざるや、なにゆえに尊きを尊ばざるや、近時の新説を説きて漫に政治を談ずるが如きは、軽躁のはなはだしきものなりと咎めたらば、少年はすなわちいわん。君は前年なにゆえに廃藩の事を賛成して旧主人の落路を傍観したるや。しかのみならずその旧主人とともに社会に立ち、あるいはその上に位して世の尊敬を受くるも、恬としてはばかる色なきはなにゆえなるや。 かつ君に質問することあり。君が維新の前後、しきりに国事に奔走して政談に熱したるは、その年齢およそ幾歳のころなりしや。この時にあたりて、世間あるいは君の軽躁を悦ばずして、君に忠告すること、今日、君が我々に忠告するが如き者はなかりしや。当時、君はその忠告を甘受したるか。我々ひそかに案ずるに、君は決してかかる忠告を聴く者に非ず。その忠告者をば内心に軽侮し、因循姑息の頑物なりとてただ冷笑したるのみのことならん。 されば我々年少なりといえども、二十年前の君の齢にひとし。我々の挙動、軽躁なりというも、二十年前の君に比すれば、深く譴責を蒙るの理なし。ただし、君は旧幕府の末世にあたりて乱に処し、また維新の初において創業に際したることなれば、おのずから今日の我々に異なり。我々は今日、治世にありて乱を思わず、創業の後を承けて守成を謀る者なり。時勢を殊にし事態を同じゅうせずといえども、熱心の熱度は前年の君に異ならず。けだしこの熱は我々の身において独発に非ず。その実は君の余熱に感じて伝染したるものというも可なり云々と、利口に述べ立てられたらば、長者の輩も容易にこれに答うること能わずして、あるいはひそかに困却するの意味なきに非ざるべし。 その趣は、老成人が少年に向い、直接にその遊冶放蕩を責め、かえって少年のために己が昔年の品行を摘発枚挙せられ、白頭汗を流して赤面するものに異ならず。直接の譴責は各自個々の間にてもなおかつ効を見ること少なし。いわんや天下億万の後進生に向ってこれを責むるにおいてをや。労して功なきのみならず、かえってこれを激するの禍なきを期すべからざるなり。
現代語訳
今試みに、社会の表面に立つ年長者が子弟を戒めて、おまえは不遜だ、なぜ年長者に仕えないのか、なぜ尊い者を尊ばないのか、近ごろの新説を説いてむやみに政治を論じるのは、軽はずみもはなはだしい、ととがめたとしよう。すると少年はこう言うだろう。あなたは先年、なぜ廃藩に賛成して旧主人の落ちぶれを傍観したのか。そればかりか、その旧主人とともに社会に立ち、あるいはその上の地位に就いて世の尊敬を受けながら、平然としてはばかる様子もないのはなぜか。 さらにあなたに質問したい。あなたが維新の前後、しきりに国事に奔走して政談に熱中したのは、年齢でいえば何歳のころであったか。そのとき、世間があるいはあなたの軽はずみを喜ばず、あなたに忠告して、今日あなたが我々に忠告するようにした者はなかったか。当時あなたはその忠告を素直に受け入れたか。我々がひそかに思うに、あなたは決してそのような忠告を聞く人ではない。その忠告者を内心で軽んじ、旧習にこだわる頑固者だと冷笑しただけのことだろう。 だから我々は年少ではあっても、二十年前のあなたの年齢と同じである。我々の行動が軽はずみだと言っても、二十年前のあなたに比べれば、厳しく責められる筋合いはない。ただし、あなたは旧幕府の末世で乱に処し、また維新の初めで創業に当たったのだから、おのずから今日の我々と異なる。我々は今日、治まった世にあって乱を思わず、創業の後を承けて守成を図る者である。時勢を異にし事態は同じではないけれども、熱心の熱度は先年のあなたに異ならない。思うにこの熱は我々の身に独りで生じたのではなく、実はあなたの余熱に感じて伝染したものだと言ってもよい、云々と、利口に述べ立てられたなら、年長者たちも容易に答えられず、ひそかに困り果てる気持ちがないとは言えないだろう。 その様子は、老成した人が少年に向かって、直接にその遊興放蕩を責めたところ、かえって少年に自分の昔の品行を暴き立てられ、白髪頭から汗を流して赤面するのと異ならない。直接の叱責は、個人どうしの間でもなお効果が少ない。まして天下の億万の後進に向かって責めるのはなおさらである。苦労して功がないばかりか、かえって彼らを激昂させる禍がないとも限らない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・顔淵篇子貢、友を問う。子曰く、「忠告して善く之を道き、不可なれば則ち止む。自ら辱めらるること毋かれ。」
-
易経・夬卦勝たずして往くは、咎なり。莫夜に戎有るも、中道を得ればなり。君子夬夬たるは、終に咎无きなり。其の行くこと次且たるは、位当らざればなり。言を聞きて信ぜざるは、聡明らかならざればなり。中行なれば咎无しとは、中未だ光いならざるなり。号ぶこと无きの凶は、終に長かるべからざるなり。
-
『斉家論』上然れども推し出だし儒者とはいはれまじ。又世間に沙汰なき人にも出会うて見れば、経書はいふに及ばず、詩作文章達者なる能き学者あり。又儒者ならねども、少し心がけある人には、汝ぐらゐの学者は町並にも有るべし。其の中にて無縁の講釈すると、口広き事はいはれまじ。夫をもかまはず書付を出だされなば、聴く者もあるべけれど、一度聞きては、素読同前の講釈なりといひ、又口の悪しき者は、あの学問にて講釈するは、笑ふにたらずと譏るべし。たとひ十日廿日入れかはり聴衆ありとも、つづくまじ。其の時に至り、しまはんよりは、今七八年も学問し出でられなば、本望もとげ、恥を受くることも少なからんといはれし人も、過ぎ去りむかしがたりになりぬ。或人のいへるごとく、
-
『呻吟語』内篇・應務・忠告して善く之を道く今子弟の父兄の責を受くるや、尚ほ堪へざる所有り。而るに況んや他人をや。孔子曰く、「忠告して善く之を道き、不可なれば則ち止む」と。此の語は交はりを全うするに止まらず、亦た以て氣を養ふ可し。
-
『呻吟語』内篇・修身・我を攻むるの益に感ず我が過ちを攻むる者は、未だ必ずしも皆な過ち無きの人ならざるなり。苟しくも過ち無きの人の我を攻むるを求めば、則ち終身過ちを聞くを得ざらん。我は當に其の我を攻むるの益に感ずるのみ。彼に過ち有るか過ち無きか、何ぞ計るに暇あらんや。
-
『武士訓』卷四・第8段わがあしき事をつぐる人あらば。拜してよろこぶべし。太公曰。女無明鏡。不知面精粗。士無良友。不知行歩虧踰とあるがごとし。およそ一箇のおくりものを得てだに。よろこんでむくひんことをおもふ。いはむや身をおさむるのたよりとなれることをや。其あやまちをきくことをいはば。身をほろぼすの大敵うちに有とわきまふべし。
人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る