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福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第3段

もとより学問の事なれば、行政官の学校に学ぶも、またいずれの学問所に学ぶも同様なるべきに似たれども、政治社会の実際において然らざるものあり。けだし国の政事は、前にもいえる如く、今日の人事にあたりて臨機応変の処分あるべきものにして、たとえば饑饉には救恤の備えをなし、外患には兵馬を用意し、紙幣下落すれば金銀貨を求め、貿易の盛衰をみては関税を上下する等、俗言これを評すれば掛引の忙わしきものなるがゆえに、もしも国の学校を行政の部内に入るるときは、その学風もまた、おのずからこの掛引のために左右せらるるなきを期すべからず。掛引は日夜の臨機応変にして、政略上にもっとも大切なる部分なれば、政治家の常に怠るべからざる事なれども、学問は一日一夜の学問に非ず、容易に変易すべからざるなり。 もとより今の文部省の学制とても、決して政治に関係するに非ず。その学校の教則の如き、我が輩の見るところにおいて大なる異論あるなし。徳育を重んじ智育を貴び、その術学、たいがい皆、西洋文明の元素にとりて、体育養生の法にいたるまでも遺すところなきは、美なりというべしといえども、いかんせん、この美なる学制を施行する者が、行政官の吏人たるのみならず、ただちに生徒に接して教授する者もまた吏人にして、かつ学校教場の細事務と一般の気風とは学則中に記すべきにも非ざれば、その気風精神のよりて生ずる源は、これを目下の行政上にとらざるをえず。而してその行政なるものは、全体の性質において遠年に持続すべきものに非ず。また、持続してよろしからざるものなれば、政治の針路の変化するにしたがいて、学校の気風精神もまた変化せざるをえず。学問の本色に背くものというべし。

書き下し

もとより学問の事なれば、行政官の学校に学ぶも、またいずれの学問所に学ぶも同様なるべきに似たれども、政治社会の実際において然らざるものあり。けだし国の政事は、前にもいえる如く、今日の人事にあたりて臨機応変の処分あるべきものにして、たとえば饑饉には救恤の備えをなし、外患には兵馬を用意し、紙幣下落すれば金銀貨を求め、貿易の盛衰をみては関税を上下する等、俗言これを評すれば掛引の忙わしきものなるがゆえに、もしも国の学校を行政の部内に入るるときは、その学風もまた、おのずからこの掛引のために左右せらるるなきを期すべからず。掛引は日夜の臨機応変にして、政略上にもっとも大切なる部分なれば、政治家の常に怠るべからざる事なれども、学問は一日一夜の学問に非ず、容易に変易すべからざるなり。 もとより今の文部省の学制とても、決して政治に関係するに非ず。その学校の教則の如き、我が輩の見るところにおいて大なる異論あるなし。徳育を重んじ智育を貴び、その術学、たいがい皆、西洋文明の元素にとりて、体育養生の法にいたるまでも遺すところなきは、美なりというべしといえども、いかんせん、この美なる学制を施行する者が、行政官の吏人たるのみならず、ただちに生徒に接して教授する者もまた吏人にして、かつ学校教場の細事務と一般の気風とは学則中に記すべきにも非ざれば、その気風精神のよりて生ずる源は、これを目下の行政上にとらざるをえず。而してその行政なるものは、全体の性質において遠年に持続すべきものに非ず。また、持続してよろしからざるものなれば、政治の針路の変化するにしたがいて、学校の気風精神もまた変化せざるをえず。学問の本色に背くものというべし。

現代語訳

もとより学問のことですから、行政官庁の学校で学んでも、他のどの学問所で学んでも同じのように見えますが、政治社会の実際ではそうではありません。思うに、国の政治は、前にも述べたとおり、今日の人事にあたって臨機応変の処置をするものであり、たとえば飢饉には救済の備えをし、外からの脅威には兵馬を用意し、紙幣が下落すれば金銀貨を求め、貿易の盛衰を見て関税を上げ下げする等、俗な言い方をすれば駆け引きの忙しいものですから、もし国の学校を行政の部内に入れるなら、その学風もまた、おのずからこの駆け引きに左右されないことを期待できません。駆け引きは日夜の臨機応変であり、政略上で最も大切な部分ですから、政治家が常に怠ってはならないことですが、学問は一日一夜の学問ではなく、たやすく変えてはならないものです。 もとより今の文部省の学制にしても、決して政治に関係するものではありません。その学校の教則などは、私の見るところ大きな異論はありません。徳育を重んじ智育を貴び、その学術はおおむね西洋文明の根本から取り、体育や養生の方法に至るまで漏らさないのは、立派というべきですが、いかんせん、この立派な学制を施行する者が行政官の吏員であるだけでなく、ただちに生徒に接して教える者もまた吏員であり、かつ学校の教場の細かな事務や全体の気風は学則の中に記せるものでもないので、その気風や精神の生じる源は、これを目下の行政上に取らざるをえません。そしてその行政というものは、全体の性質からして長年続くべきものではなく、また続いてはよろしくないものですから、政治の針路が変わるにしたがって、学校の気風や精神も変化せざるをえません。学問の本質に背くものというべきです。

解説

政治は状況に応じて駆け引きを変える営みで、学問は容易に変わらないことに価値があるという対比が核です。制度や教則に問題がなくても、運営する人の置かれた位置によって、学校の気風が左右されてしまうと福沢は見ます。評価や方針が短期の事情で変わる職場で、教育や人材育成の一貫性をどう守るかを考える手がかりになります。福沢の見立ては行政への警戒に偏る面もあり、反対の立場から読み直すことも有益です。

この章句が説くこと

駆け引きと臨機応変学風の変化行政官の吏員学制気風と精神持続

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