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福沢諭吉小品集 / 学問の独立・第4段

これを要するに、政治は活溌にして動くものなり、学問は沈深にして静なるものなり。静者をして動者と歩をともにせしめんとす、その際に幣を見るなからんとするも得べからず。たとえば、青年の学生にして漫に政治を談じ、または政談の新聞紙等を読みて世間に喋々するは、我が輩も好まざるところにして、これをとどむるはすなわち静者をして静ならしめ、学者のために学者の本色を得せしめんとするの趣意なれども、もしもこれをとどむる者が行政官吏の手より出ずるときは、学者のためにするにかねてまた、行政の便利のためにするの嫌疑なきを得ず。 然るに行政の性質はもっとも活溌にして、随時に変化すべきがゆえに、一時、静を命ずるも、また時として動を勧むるなきを期すべからず。あるいは他の動者に反対して静を守るの極端は、己れ自から静の境界をこえて、反動の態に移るなきを期すべからず。ひっきょう、学問と政治と相密着するの余弊ならん。我が輩がその分離を祈るゆえんなり。 学問と政治と密着せしむるの不利は、ひとり我が輩の発明に非ず。古来、我が日本国において、その理由趣旨を明言したる者こそなけれども、実際においてその趣旨の行われたるは不思議なりというべし。往古の事はしばらくさしおき、徳川の時代において中央政府はむろん、三百藩にも儒臣なる者を置き、子弟の教育を司るの慣行にして、これを尊敬せざるには非ず、藩主なおかつ儒臣に対しては師と称するほどのことにして、栄誉少なからずといえども、そのこれを尊ぶや、ただ学問上に限るのみにして、政治に関してはかつて儒臣の喙をいれしめず、はなはだしきはこれを長袖の身分と称して、神官、僧侶、医師の輩と同一視して、政庁に入れざるのみならず、他士族と歯するを許さざるの風なりき。

書き下し

これを要するに、政治は活溌にして動くものなり、学問は沈深にして静なるものなり。静者をして動者と歩をともにせしめんとす、その際に幣を見るなからんとするも得べからず。たとえば、青年の学生にして漫に政治を談じ、または政談の新聞紙等を読みて世間に喋々するは、我が輩も好まざるところにして、これをとどむるはすなわち静者をして静ならしめ、学者のために学者の本色を得せしめんとするの趣意なれども、もしもこれをとどむる者が行政官吏の手より出ずるときは、学者のためにするにかねてまた、行政の便利のためにするの嫌疑なきを得ず。 然るに行政の性質はもっとも活溌にして、随時に変化すべきがゆえに、一時、静を命ずるも、また時として動を勧むるなきを期すべからず。あるいは他の動者に反対して静を守るの極端は、己れ自から静の境界をこえて、反動の態に移るなきを期すべからず。ひっきょう、学問と政治と相密着するの余弊ならん。我が輩がその分離を祈るゆえんなり。 学問と政治と密着せしむるの不利は、ひとり我が輩の発明に非ず。古来、我が日本国において、その理由趣旨を明言したる者こそなけれども、実際においてその趣旨の行われたるは不思議なりというべし。往古の事はしばらくさしおき、徳川の時代において中央政府はむろん、三百藩にも儒臣なる者を置き、子弟の教育を司るの慣行にして、これを尊敬せざるには非ず、藩主なおかつ儒臣に対しては師と称するほどのことにして、栄誉少なからずといえども、そのこれを尊ぶや、ただ学問上に限るのみにして、政治に関してはかつて儒臣の喙をいれしめず、はなはだしきはこれを長袖の身分と称して、神官、僧侶、医師の輩と同一視して、政庁に入れざるのみならず、他士族と歯するを許さざるの風なりき。

現代語訳

要するに、政治は活発で動くものであり、学問は深く静かなものです。静かなものに動くものと歩調を合わせさせようとすれば、そこで弊害が生じないことを望んでも得られません。たとえば、青年の学生がむやみに政治を論じたり、政談の新聞を読んで世間でぺらぺらしゃべったりすることは、私も好まないところで、これを止めるのは静かな者を静かにさせ、学者のために学者の本色を得させようとする趣旨ですが、もしこれを止める者が行政官吏の手から出るのであれば、学者のためにするとともに、行政の便利のためにするという嫌疑を免れません。 ところが行政の性質は最も活発で、時に応じて変化するものですから、一時は静を命じても、また時には動を勧めないとは期待できません。あるいは他の動く者に反対して静を守る極端が、自分から静の境界を越えて、反動の態度に移らないとも限りません。結局、学問と政治がぴったり密着することの余弊でしょう。私が両者の分離を祈るゆえんです。 学問と政治を密着させる不利は、私ひとりの発明ではありません。昔からわが日本において、その理由や趣旨を明言した者こそいませんが、実際にはその趣旨が行われていたのは不思議というべきです。ずっと昔のことはしばらく置き、徳川の時代において、中央政府はもちろん、三百の藩にも儒臣という者を置き、子弟の教育を司らせる慣行でしたが、これを尊敬しないわけではなく、藩主ですら儒臣に対しては師と称するほどで、栄誉も少なくありませんでしたが、その尊び方はただ学問上に限られるだけで、政治に関しては、かつて儒臣に口を出させず、はなはだしきは長袖の身分と称して、神官、僧侶、医師の類と同一視し、政庁に入れないだけでなく、他の士族と席を並べることも許さない風でした。

解説

静かな学問を、動く政治の都合に合わせると弊害が出る、という論点が続きます。学生に政治を談じさせない場合も、止める側が行政官だと『行政の都合のため』という疑いを免れない、という指摘は鋭いものです。徳川の儒臣は尊ばれたが政治に関与させなかったという実例は、専門職を尊重しつつ意思決定には巻き込まないという組織設計の問題を思わせます。福沢の徳川評価は彼自身の主張に沿った見方であり、他の評価もあることに留意して読みましょう。

この章句が説くこと

動と静学者の本色行政の便利反動徳川の儒臣長袖の身分

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