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福翁自伝 / 一身一家経済の由来・簿記法を飜訳して簿記を見るに面倒なり

先ずこの位なことで、その癖私は維新後早く帳合之法と云う簿記法の書を飜訳して、今日世の中にある簿記の書は皆私の訳例に傚うて書たものである。ダカラ私は簿記の黒人でなければならぬ、所が読書家の考と商売人の考とは別のものと見えて、私はこの簿記法を実地に活用することが出来ぬのみか、他人の記した帳簿を見ても甚だ受取が悪い。ウンと考えれば固より分らぬことはない、屹と分るけれども、唯面倒臭くてソンな事をして居る気がないから、塾の会計とか新聞社の勘定とか、何か入組んだ金の事はみんな人任せにして、自分は唯その総体の締て何々と云う数を見る計り。こんな事で商売の出来ないのは私も知て居る。例えば塾の書生などが学費金を持て来て、毎月入用だけ請取りたいから預けて置きたいと云う者がある。今の貴族院議員の滝口吉良なども、先年書生の時はその中の一人で、何百円か私の処に預けてあったが、私はその金をチャンと箪笥の袖斗に入れて置て、毎月取りに来れば十円でも十五円でも入用だけ渡して、その残りは又紙に包んで仕舞て置く。その金を銀行に預けて如何すれば便利だと云うことを知るまい事か、百も承知で心に知て居ながら、手で為ることが出来ない。銀行に預けるは扨置き、その預た紙幣の大小を一寸私に取替えて本の姿を変えることも気が済まない。如何でも是れは持て生れた藩士の根性か、然らざれば書生の机の抽斗の会計法でしょう。

新字:先ずこの位なことで、その癖私は維新後早く帳合之法と云う簿記法の書を翻訳して、今日世の中にある簿記の書は皆私の訳例に傚うて書たものである。ダカラ私は簿記の黒人でなければならぬ、所が読書家の考と商売人の考とは別のものと見えて、私はこの簿記法を実地に活用することが出来ぬのみか、他人の記した帳簿を見ても甚だ受取が悪い。ウンと考えれば固より分らぬことはない、屹と分るけれども、唯面倒臭くてソンな事をして居る気がないから、塾の会計とか新聞社の勘定とか、何か入組んだ金の事はみんな人任せにして、自分は唯その総体の締て何々と云う数を見る計り。こんな事で商売の出来ないのは私も知て居る。例えば塾の書生などが学費金を持て来て、毎月入用だけ請取りたいから預けて置きたいと云う者がある。今の貴族院議員の滝口吉良なども、先年書生の時はその中の一人で、何百円か私の処に預けてあったが、私はその金をチャンと箪笥の袖斗に入れて置て、毎月取りに来れば十円でも十五円でも入用だけ渡して、その残りは又紙に包んで仕舞て置く。その金を銀行に預けて如何すれば便利だと云うことを知るまい事か、百も承知で心に知て居ながら、手で為ることが出来ない。銀行に預けるは扨置き、その預た紙幣の大小を一寸私に取替えて本の姿を変えることも気が済まない。如何でも是れは持て生れた藩士の根性か、然らざれば書生の机の抽斗の会計法でしょう。

書き下し

先ずこの位なことで、その癖私は維新後早く帳合之法と云う簿記法の書を飜訳して、今日世の中にある簿記の書は皆私の訳例に傚うて書たものである。ダカラ私は簿記の黒人でなければならぬ、所が読書家の考と商売人の考とは別のものと見えて、私はこの簿記法を実地に活用することが出来ぬのみか、他人の記した帳簿を見ても甚だ受取が悪い。ウンと考えれば固より分らぬことはない、屹と分るけれども、唯面倒臭くてソンな事をして居る気がないから、塾の会計とか新聞社の勘定とか、何か入組んだ金の事はみんな人任せにして、自分は唯その総体の締て何々と云う数を見る計り。こんな事で商売の出来ないのは私も知て居る。例えば塾の書生などが学費金を持て来て、毎月入用だけ請取りたいから預けて置きたいと云う者がある。今の貴族院議員の滝口吉良なども、先年書生の時はその中の一人で、何百円か私の処に預けてあったが、私はその金をチャンと箪笥の袖斗に入れて置て、毎月取りに来れば十円でも十五円でも入用だけ渡して、その残りは又紙に包んで仕舞て置く。その金を銀行に預けて如何すれば便利だと云うことを知るまい事か、百も承知で心に知て居ながら、手で為ることが出来ない。銀行に預けるは扨置き、その預た紙幣の大小を一寸私に取替えて本の姿を変えることも気が済まない。如何でも是れは持て生れた藩士の根性か、然らざれば書生の机の抽斗の会計法でしょう。

現代語訳

まずこのくらいのことで、そのくせ私は維新後早く、帳合之法という簿記法の書を翻訳して、今日世の中にある簿記の書はみな私の訳例にならって書いたものです。だから私は簿記の玄人でなければならないのに、読書家の考えと商売人の考えは別のものとみえて、私はこの簿記法を実地に活用することができないばかりか、他人の記した帳簿を見てもたいへん受け取りが悪い。うんと考えればもとより分からないことはなく、きっと分かるのですが、ただ面倒くさくて、そんなことをしている気がしないから、塾の会計とか新聞社の勘定とか、何か入り組んだ金のことはみな人任せにして、自分はただその総体を締めて何々という数を見るばかりです。こんなことで商売ができないのは私も知っています。たとえば塾の書生などが学費金を持ってきて、毎月入用な分だけ受け取りたいから預けておきたいという者がいます。今の貴族院議員の滝口吉良なども、先年書生の時はその一人で、何百円か私のところに預けてありましたが、私はその金をちゃんと箪笥の袖の引き出しに入れておいて、毎月取りに来れば十円でも十五円でも入用なだけ渡し、残りはまた紙に包んでしまっておく。その金を銀行に預けてどうすれば便利だということを、知らないはずがありません、百も承知で心に知っていながら、手でやることができないのです。銀行に預けるのはさておき、預かった紙幣の大小をちょっと取り替えて元の姿を変えることも、気が済みません。どうもこれは持って生まれた藩士の根性か、そうでなければ書生の机の引き出しの会計法でしょう。

解説

日本の簿記の元祖とも言える福沢が、自分では帳簿をつけない、という皮肉な告白です。帳合之法は明治初期に福沢が訳した西洋式簿記の書で、のちの簿記書の手本になりました。理屈は分かっていても、手を動かすのは別の資質だと本人が認めています。預かり金を紙に包んで箪笥にしまうやり方は、金融の便利さを知りつつ、あえてしない頑固さです。知っていることと、実行できる体質は別という発見は、経営者が管理業務を人に任せる理由にも通じます。自分の不得手を認め、任せる線を引く態度は参考になります。

この章句が説くこと

帳合之法簿記会計書生預かり金不得手

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