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福翁自伝 / 一身一家経済の由来・火斗を買て貨幣法の間違いを知る

左れども是等は唯書生の一身に直接して然るのみ。扨経済の理窟に於ては当時町人共の知らぬ処に考の届くことがある。或るとき私が鍛冶橋外の金物屋に行て台火斗を買て、価が十二匁と云うその時、どう云う訳けだか供の者に銭を持たせて、十二匁なれば凡そ一貫二、三百文になるから、その銭を店の者に渡したときに、私が不図心付た。この銭の目方は凡そ七、八百目から一貫目もある、然るに銭の代りに請取た台火斗は二、三百目しかない、銭も火斗も同じ銅でありながら、通用の貨幣は安くて売買の品は高い、是れこそ経済法の大間違いだ、こんな事が永く続けば銭を鋳潰して台火斗を作るが利益だ、何としても日本の銭の価は騰貴するに違いないと説を定めて、一歩を進めて金貨と銀貨との目方、性合を比較して見て、西洋の金一銀十五の割合にすれば、日本の貨幣法は間違いも間違いか大間違いで、私が首唱して云うにも及ばず、外国の商人は開国その時から大判小判の輸出で利を占めて居るとの風聞。ソレから私も知て居る金持の人に頻りに勧めて金貨を買わせた事があるが、是れも唯人に話をする計りで自分には何にも為ようとも思付かぬ。唯私の覚えて居るのは安政六年の冬、米国行の前、或人に金銀の話をして、翌年夏、帰国して見れば、その人が大に利益を得た様子で、御礼に進上すると云て、一朱銀の数も計えず私の片手に山盛り一杯金を呉れたから、深く礼を云うにも及ばず、何は扨置き早速朋友を連れて築地の料理茶屋に行て、思うさま酒を飲ませたことがある。

書き下し

左れども是等は唯書生の一身に直接して然るのみ。扨経済の理窟に於ては当時町人共の知らぬ処に考の届くことがある。或るとき私が鍛冶橋外の金物屋に行て台火斗を買て、価が十二匁と云うその時、どう云う訳けだか供の者に銭を持たせて、十二匁なれば凡そ一貫二、三百文になるから、その銭を店の者に渡したときに、私が不図心付た。この銭の目方は凡そ七、八百目から一貫目もある、然るに銭の代りに請取た台火斗は二、三百目しかない、銭も火斗も同じ銅でありながら、通用の貨幣は安くて売買の品は高い、是れこそ経済法の大間違いだ、こんな事が永く続けば銭を鋳潰して台火斗を作るが利益だ、何としても日本の銭の価は騰貴するに違いないと説を定めて、一歩を進めて金貨と銀貨との目方、性合を比較して見て、西洋の金一銀十五の割合にすれば、日本の貨幣法は間違いも間違いか大間違いで、私が首唱して云うにも及ばず、外国の商人は開国その時から大判小判の輸出で利を占めて居るとの風聞。ソレから私も知て居る金持の人に頻りに勧めて金貨を買わせた事があるが、是れも唯人に話をする計りで自分には何にも為ようとも思付かぬ。唯私の覚えて居るのは安政六年の冬、米国行の前、或人に金銀の話をして、翌年夏、帰国して見れば、その人が大に利益を得た様子で、御礼に進上すると云て、一朱銀の数も計えず私の片手に山盛り一杯金を呉れたから、深く礼を云うにも及ばず、何は扨置き早速朋友を連れて築地の料理茶屋に行て、思うさま酒を飲ませたことがある。

現代語訳

けれどもこれらは、ただ書生の一身に直接関わるだけのことです。さて経済の理屈においては、当時の町人たちが知らないところまで考えが届くことがありました。あるとき私が鍛冶橋外の金物屋に行って台つきの火箸を買い、値段が十二匁というとき、どういうわけか供の者に銭を持たせてあって、十二匁ならおよそ一貫二、三百文になるから、その銭を店の者に渡したときに、私はふと気がつきました。この銭の目方はおよそ七、八百目から一貫目もある。ところが銭の代わりに受け取った台火箸は二、三百目しかない。銭も火箸も同じ銅でありながら、通用の貨幣は安く、売買の品は高い。これこそ経済法の大間違いだ。こんなことが長く続けば、銭を鋳つぶして台火箸を作るほうが利益になる。どうしても日本の銭の価値は騰貴するに違いないと見立てて、さらに一歩進めて金貨と銀貨の目方や品位を比較してみると、西洋の金一に銀十五の割合にすれば、日本の貨幣法は間違いも間違い、大間違いで、私が唱えるまでもなく、外国の商人は開国の当時から大判小判の輸出で利益を占めているという風聞です。それから私も、知っている金持ちの人にしきりに勧めて金貨を買わせたことがありますが、これもただ人に話をするだけで、自分では何もしようとも思いつきませんでした。ただ私が覚えているのは、安政六年の冬、アメリカ行きの前に、ある人に金銀の話をして、翌年の夏に帰国してみると、その人が大いに利益を得た様子で、お礼に進上すると言って、一朱銀を数えもせず私の片手に山盛り一杯くれたので、深く礼を言うにも及ばず、何はさておき早速友人を連れて築地の料理茶屋に行き、思うさま酒を飲ませたことがあります。

解説

道具を買うたびに目方の違いに気づき、金銀比価の歪みにまで考えを進める場面です。福沢は火箸と銭の重さの比較から、貨幣の価値が素材と釣り合っていないと見抜き、さらに金銀の交換比率が国内外で違うことを理解しました。これは幕末の開港直後に、外国人が大判小判を海外へ持ち出して利益を得た問題と重なります。ところが本人は儲けようとせず、人に教えて礼をもらい、友人に酒をふるまっただけでした。分かっていることと、動いて利益にすることは別です。気づいた知識を行動に移すかどうかの差が、成果を分けます。

この章句が説くこと

火箸貨幣金銀比価大判小判開国安政六年

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