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福翁自伝 / 一身一家経済の由来・人間は社会の虫なり

と云うような次第で、ソレはソレは卑劣とも何とも実に云いようのない悪い事をして一寸とも愧じない。仮初にも是れはドウも有間敷事だなんと思たことがない。取らないのは損だとばかり、猟に行けば雀を撃たより雁を取た方がエライと云う位の了簡で、旨く大金を掠め取れば心窃に誇て居るとは、実に浅ましい事であるのみならず、本来私の性質がソレ程卑劣とも思わない、随分家風の悪くない家に生れて、幼少の時から心正しき母に育てられて、苟も人に交て貪ることはしないと説を立てゝ居る者が、何故に藩庁に対してばかり斯くまでに破廉恥なりしや、頓と訳けが分らぬ。シテ見ると人間と云う者はコリャ社会の虫に違いない。社会の時候が有りのまゝに続けば、その虫が虫を産んで際限のない所に、この蛆虫即ち習慣の奴隷が、不図面目を改めると云うには、社会全体に大なる変革激動がなければならぬと思われる。ソコで三百年の幕府が潰れたと云えば、是れは日本社会の大変革で、随分私の一身も始めて夢が醒めて、藩庁に対する挙動も改まらなければならぬ。是れまで自分が藩庁に向て愧ずべき事を犯したのは、畢竟藩の殿様など云う者を崇め奉って、その極度はその人を人間以上の人と思い、その財産を天然の公共物と思い、知らず識らず自から鄙劣に陥りしことなるが、是れからは藩主も平等の人間なりと一念こゝに発起して、この平等の主義からして物を貪るは男子の事に非ずと云う考えが浮かんだのだろうと思われる。その時には特に考えたこともない、説を付けたこともないが、私の心の変化は恐ろしい。何故に以前藩に対してあれほど卑劣な男が後に至ては折角呉れようと云う扶持方をも一酷に辞退したか、辞退しなくっても世間に笑う者もないのに、打て変た人物になって、この間まで丸で朝鮮人見たような奴が、恐ろしい権幕を以て呉れる物を刎返して、伯夷、叔斉のような高潔の士人に変化したとは、何と激変ではあるまいか。他人の話ではない、私が自分で自分を怪しむことであるが、畢竟封建制度の中央政府を倒してその倒るゝと共に個人の奴隷心を一掃したと云わなければならぬ。

書き下し

と云うような次第で、ソレはソレは卑劣とも何とも実に云いようのない悪い事をして一寸とも愧じない。仮初にも是れはドウも有間敷事だなんと思たことがない。取らないのは損だとばかり、猟に行けば雀を撃たより雁を取た方がエライと云う位の了簡で、旨く大金を掠め取れば心窃に誇て居るとは、実に浅ましい事であるのみならず、本来私の性質がソレ程卑劣とも思わない、随分家風の悪くない家に生れて、幼少の時から心正しき母に育てられて、苟も人に交て貪ることはしないと説を立てゝ居る者が、何故に藩庁に対してばかり斯くまでに破廉恥なりしや、頓と訳けが分らぬ。シテ見ると人間と云う者はコリャ社会の虫に違いない。社会の時候が有りのまゝに続けば、その虫が虫を産んで際限のない所に、この蛆虫即ち習慣の奴隷が、不図面目を改めると云うには、社会全体に大なる変革激動がなければならぬと思われる。ソコで三百年の幕府が潰れたと云えば、是れは日本社会の大変革で、随分私の一身も始めて夢が醒めて、藩庁に対する挙動も改まらなければならぬ。是れまで自分が藩庁に向て愧ずべき事を犯したのは、畢竟藩の殿様など云う者を崇め奉って、その極度はその人を人間以上の人と思い、その財産を天然の公共物と思い、知らず識らず自から鄙劣に陥りしことなるが、是れからは藩主も平等の人間なりと一念こゝに発起して、この平等の主義からして物を貪るは男子の事に非ずと云う考えが浮かんだのだろうと思われる。その時には特に考えたこともない、説を付けたこともないが、私の心の変化は恐ろしい。何故に以前藩に対してあれほど卑劣な男が後に至ては折角呉れようと云う扶持方をも一酷に辞退したか、辞退しなくっても世間に笑う者もないのに、打て変た人物になって、この間まで丸で朝鮮人見たような奴が、恐ろしい権幕を以て呉れる物を刎返して、伯夷、叔斉のような高潔の士人に変化したとは、何と激変ではあるまいか。他人の話ではない、私が自分で自分を怪しむことであるが、畢竟封建制度の中央政府を倒してその倒るゝと共に個人の奴隷心を一掃したと云わなければならぬ。

現代語訳

というような次第で、それはそれは卑劣とも何とも、まことに言いようのない悪いことをして、ちっとも恥じませんでした。かりそめにも、これはどうもあるまじきことだなどと思ったことがありません。取らないのは損だとばかり、猟に行けば、雀を撃つより雁を取ったほうがえらいというほどの了簡で、うまく大金を掠め取れば、心ひそかに誇っていたとは、実にあさましいことであるのみならず、本来、私の性質がそれほど卑劣だとも思わず、かなり家風の悪くない家に生まれて、幼少のときから心正しい母に育てられ、かりそめにも人に交わって貪ることはしないと説を立てている者が、なぜ藩庁に対してばかりこれほどまでに破廉恥だったのか、さっぱり訳が分かりません。してみると、人間というものは、これは社会の虫に違いありません。社会の時候がありのままに続けば、その虫が虫を産んで際限のないところに、この蛆虫、つまり習慣の奴隷が、ふと面目を改めるというには、社会全体に大きな変革と激動がなければならないと思われます。そこで三百年の幕府が潰れたというのは、これは日本社会の大変革で、私の一身も初めて夢が覚め、藩庁に対するふるまいも改まらなければならなくなりました。これまで自分が藩庁に対して恥ずべきことを犯したのは、つまるところ藩の殿様などというものを崇め奉り、その極度はその人を人間以上の人と思い、その財産を天然の公共物と思って、知らず知らず自ら卑しくなったことですが、これからは藩主も平等の人間だと、一念ここに発起して、この平等の主義から、物を貪るのは男子のすることではないという考えが浮かんだのだろうと思われます。その時には特に考えたこともなく、説を付けたこともありませんが、私の心の変化は恐ろしいものです。なぜ以前、藩に対してあれほど卑劣だった男が、後になってはせっかくくれようという扶持方をもきっぱりと辞退したのか。辞退しなくても世間に笑う者もないのに、打って変わった人物になって、この間まで丸で朝鮮人のようだった奴が、恐ろしい権幕でくれる物をはねかえし、伯夷・叔斉のような高潔の士人に変化したとは、何という激変ではないでしょうか。他人の話ではなく、私が自分で自分を怪しむことですが、つまるところ、封建制度の中央政府を倒して、その倒れるのと共に、個人の奴隷心を一掃したと言わなければなりません。

解説

福沢は自分の二面性を、人間は社会の虫だと分析します。藩に対して貪っていたのは、個人の悪ではなく、殿様を人間以上と崇める習慣の産物だと見るのです。幕府の崩壊で社会が変わり、藩主も平等の人間だと気づいたとき、同じ人間が高潔な辞退をする別人になった。環境の枠組みが人の倫理を決めるという洞察は、現代の組織文化論にも通じます。自分の恥を材料に、制度と習慣の力を説く誠実さが、この自伝の価値を深めています。

この章句が説くこと

社会の虫習慣の奴隷封建制度平等藩主自己省察

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