福翁自伝 / 老余の半生・身の不品行は人種を殊にするが如し
之を第一として、第二には甚だ申し憎いことだが、役人全体の風儀を見るに気品が高くない。その平生美衣美食、大きな邸宅に住居して散財の法も奇麗で、万事万端思切りが能くて、世に処し政を料理するにも卑劣でない、至極面白い気風であるが、何分にも支那流の磊落を気取て一身の私を慎しむことに気が付かぬ。動もすれば酒を飲んで婦人に戯れ、肉慾を以て無上の快楽事として居るように見える。家の内外に妾などを飼うて、多妻の罪を犯しながら恥かしいとも思わず、その悪事を隠そうともせずに横風な顔をして居るのは、一方に西洋文明の新事業を行い、他の一方には和漢の旧醜体を学ぶものと云わねばならぬ。ダカラ外の事を差置てこの一点に就て見れば、何だか一段下た下等人種のように見える。是れも世の中の流俗として遠方から眺めて居れば左まで憎らしくもなく又咎めようとも思わぬ、時に往来して用事も語り談笑妨げなけれども、扨いよ/\この人種の仲間になって一つ竈の飯を喰い本当に親しく近くなろうと云うには、何処となく穢ないように汚れたように思われてツイ嫌になる。是れは私の潔癖とでも云うようなもので、全体を申せば度量の狭いのでしょうが、何分にも生れつきの性質とあれば仕方がない。
書き下し
之を第一として、第二には甚だ申し憎いことだが、役人全体の風儀を見るに気品が高くない。その平生美衣美食、大きな邸宅に住居して散財の法も奇麗で、万事万端思切りが能くて、世に処し政を料理するにも卑劣でない、至極面白い気風であるが、何分にも支那流の磊落を気取て一身の私を慎しむことに気が付かぬ。動もすれば酒を飲んで婦人に戯れ、肉慾を以て無上の快楽事として居るように見える。家の内外に妾などを飼うて、多妻の罪を犯しながら恥かしいとも思わず、その悪事を隠そうともせずに横風な顔をして居るのは、一方に西洋文明の新事業を行い、他の一方には和漢の旧醜体を学ぶものと云わねばならぬ。ダカラ外の事を差置てこの一点に就て見れば、何だか一段下た下等人種のように見える。是れも世の中の流俗として遠方から眺めて居れば左まで憎らしくもなく又咎めようとも思わぬ、時に往来して用事も語り談笑妨げなけれども、扨いよ/\この人種の仲間になって一つ竈の飯を喰い本当に親しく近くなろうと云うには、何処となく穢ないように汚れたように思われてツイ嫌になる。是れは私の潔癖とでも云うようなもので、全体を申せば度量の狭いのでしょうが、何分にも生れつきの性質とあれば仕方がない。
現代語訳
これを第一として、第二にはまことに申しにくいことですが、役人全体の風儀を見るに、気品が高くありません。平生は美しい衣服と美食、大きな邸宅に住み、金の使いぶりもきれいで、万事思い切りがよく、世に処し政治を取りさばくにも卑劣でなく、至って面白い気風ですが、何分にも中国流の豪放磊落を気取って、一身の私生活を慎むことに気がつきません。ともすれば酒を飲んで婦人に戯れ、肉欲を無上の快楽事としているように見えます。家の内外に妾などを飼い、多妻の罪を犯しながら恥ずかしいとも思わず、その悪事を隠そうともせず、横柄な顔をしているのは、一方では西洋文明の新事業を行い、他方では日本と中国の古い醜態を学んでいる、と言わねばなりません。だから他のことは差し置いて、この一点について見れば、何だか一段下の下等な人種のように見えます。これも世の中の習俗として遠くから眺めていれば、それほど憎らしくもなく、とがめようとも思いません。時に行き来して用事を語り、談笑するのも差し支えありませんが、さていよいよこの人種の仲間になって、一つかまどの飯を食い、本当に親しく近くなろうというには、どこか汚いように汚れたように思われて、つい嫌になります。これは私の潔癖とでもいうようなもので、全体を言えば度量が狭いのでしょうが、何分にも生まれつきの性質ですから仕方がありません。
解説
この章句が説くこと
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福翁自伝・品行家風・一身の品行、亦自から効力あり又私の内が夫婦親子睦じくて私の行状が正しいからと云て、特に誉める程の事でもない。世の中に品行方正の君子は幾らもある。私も亦、これが人間唯一の目的で一身の品行修まりて能事終るなんて自慢をするような馬鹿でもないと自から信じて居るが、扨又これが妙なもので、社会の交際に関係する所は甚だ広くて、意外の辺に力を及ぼすことがあるその一例を申せば、旧藩の奥平家に対して私は如何なる者ぞと尋ぬるに、見る影もなき貧小士族が、洋学など修業して異様な説を唱え、或は外国に行き、又或は外国の書を飜訳して大言を吐散らし、剰さえ儒流を軽蔑して憚る所を知らずと云えば、是れは所謂異端外道に違いない。同藩一般の見る所でこの通りなれば、藩主の奥なんぞにはドンな報告が這入て居るか知れない。兎に角に福澤諭吉は大変な奴だと折紙が付て居たに違いない。所が物換り星移り、段々時勢が変遷して王政維新の世の中になって見れば、藩論も自から面目を改め、世間一般西洋流の喧ましい今日、福澤もマンザラでなし、或は之を近づけて何かの役に立つこともあろうと云うような説がチラホラと涌て来たその時に、嶋津祐太郎と云う奥平家の元老は、頗る事の能く分る、云わば卓識の君子で、時勢の緩急を視察して、コリャ福澤を疏外するは不利であると云うことに着眼して居る折柄、奥平家の大奥に芳蓮院様と云う女隠居がある、この貴婦人は一橋家から奥平家に下て来た由緒ある身分で、最早や余程の老年でもあり、一家無上の御方様と崇められて居る。ソコで嶋津が先ずその御隠居様に対して色々西洋の話をする中に、彼の国には文学武備、富国強兵、医術も精しく航海術も巧なり、その中には随分日本の風俗習慣に違た事も数々ありますが、爰に西洋流義に不思議なるは男女の間柄で、男女相互に軽重なく、如何なる身分の人でも一夫一婦に限て居ます、是れ丈けは西洋の特色で御座ると云う所を持込んだ所が、その御隠居様も若い時には直接に身に覚えがある。この話を聞て心を動かさずには居られない。恰も豁然発明した様子で、ソレから福澤を近づける気になって、次第々々に奥向の方に出入の道が開けて、御隠居様を始め所謂御上通りの人に逢うて見れば、福澤の外道も唯の人間で、角も生えて居なければ尻尾のある者でもない、至極穏かな人間だと云う所からして、段々懇親になったと云うその話は、程経て後に内々嶋津から聞きました。シテ見ると一夫一婦の説も隠然の中には随分勢力のあるもので、就ては今の世に多妻の悪弊を除て文明風にするなんと論ずるは野暮だと云うような説があるけれども、畢竟負借みの苦しい遁げ口上で取るに足らない。一夫一婦の正論決して野暮でない、世間の多数は同主義で、殊に上流の婦人は悉く此方の味方であるから、私の身がこの先き何時まで生きて居るか知れぬけれども、有らん限りの力を尽して、前後左右を顧みずドンな奴を敵にしても構わぬ、多妻法を取締めて、少しでもこの人間社会の表面だけでも見られるような風にして遣ろうと思て居ます。
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福翁自伝・老余の半生・殻威張の群に入るべからず従前曾て人に語らず、又語る必要もないから黙て居て、内の妻子も本当に知りますまいが、私の本心に於て何としても仕官が出来られないその真面目を丸出しに申せば、第一、政府がその方針を開国文明と決定して大に国事を改革すると同時に、役人達が国民に対して無暗に威張る、その威張るのも行政上の威厳と云えば自から理由もあるが、実際は爾うでない、唯殻威張をして喜んで居る。例えば位記などは王政維新、文明の政治と共に罷めそうなことを罷めずに、人間の身に妙な金箔を着けるような事をして、日本国中いらざる処に上下貴賤の区別を立てゝ、役人と人民と人種の違うような細工をして居る。既に政府が貴いと云えば政府に入る人も自然に貴くなる、貴くなれば自然に威張るようになる、その威張りは即ち殻威張で、誠に宜しくないと知りながら、何も蚊も自然の勢で、役人の仲間になれば何時の間にか共に殻威張を遣るように成り行く。然かのみならず、自分より下に向て威張れば上に向ては威張られる。鼬こっこ鼠こっこ、実に馬鹿らしくて面白くない。政府に這入りさえせねば馬鹿者の威張るのを唯見物して唯笑て居る計りなれども、今の日本の風潮で、役人の仲間になれば、仮令い最上の好地位に居ても兎に角に殻威張と名づくる醜体を犯さねばならぬ。是れが私の性質に於て出来ない。
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福翁自伝・老余の半生・仕官を嫌う由縁私の生涯は終始替ることなく、少年時代の辛苦、老後の安楽、何も珍らしいことはない。今の世界に人間普通の苦楽を嘗めて、今日に至るまで大に愧ることもなく大に後悔することもなく、心静に月日を送りしは、先ず以て身の仕合せと云わねばならぬ。所で世間は広し、私の苦楽を遠方から見て色々に評論し色々に疑う者もありましょう。就中私がマンザラの馬鹿でもなく政治の事も随分知て居ながら、遂に政府の役人にならぬと云うは可笑しい、日本社会の十人は十人、百人は百人、皆立身出世を求めて役人にこそなりたがるその処に、福澤が一人これをいやがるのは不審だと、蔭で窃に評論する計りでない、現に直接に私に向て質問する者もある。啻に日本人ばかりでない、知己の外国人も私の進退を疑い、何故政府に出て仕事をせぬか、政府の好地位に立て思う事を行えば、名誉にも為り金にも為り、面白いではないかと、米国人などは毎度勧めに来たことがあるけれども、私は唯笑て取合わぬ。ソコで維新の当分は政府の連中が私を評して佐幕家の一人と認め、彼れは旧幕府に操を立てゝ新政府に仕官せぬ者である、将軍政治を悦んで王政を嫌う者である、古来、革命の歴史に前朝の遺臣と云う者があるが、福澤もその遺臣を気取て、物外に瓢然として居ながら心中無限の不平を抱いて居るに違いない、心に不平があれば新政府の為めに宜いことは考えない、油断のならぬ奴だなんて、種々様々な想像を運らして居る者の多いのは、私も大抵知て居る。所が斯く評せらるゝ前朝の遺臣殿は、久しい以前から前朝の門閥制度、鎖国主義に愛想をつかして、維新の際に幕府の忠臣義士が盛んに忠義論を論じて佐幕の気焔を吐て脱走までする時に、私は強て議論もせず、脱走連中に知て居る者があれば、余計な事をするな、負けるから罷にしろと云て止めて居た位だから、福澤を評するに前朝の遺臣論も勘定が合わぬ。前朝の遺臣と云えば維新の時に幕府の忠臣義士こそ丁度適当の嵌役なれども、この忠臣義士は前朝に忠義の一役を勤めて何時の間にか早替り、第二の忠義役を勤めて第二の忠臣義士となって居るから、是れも遺臣と云われぬ。その遺臣論は姑く擱き、私の身の進退は、前に申す通り、維新の際に幕府の門閥制度、鎖国主義が腹の底から嫌だから佐幕の気がない。左ればとて勤王家の挙動を見れば、幕府に較べてお釣りの出る程の鎖国攘夷、固よりコンな連中に加勢しようと思いも寄らず、唯ジッと中立独立と説を極めて居ると、今度の新政府は開国に豹変した様子で立派な命令は出たけれども、開国の名義中、鎖攘タップリ、何が何やら少しも信ずるに足らず、東西南北何れを見ても共に語るべき人は一人もなし、唯独りで身に叶う丈けの事を勤めて開国一偏、西洋文明の一天張りでリキンで居る内に、政府の開国論が次第々々に真成のものになって来て、一切万事改進ならざるはなし、所謂文明駸々乎として進歩するの世の中になったこそ実に有り難い仕合せで、実に不思議な事で、云わば私の大願も成就したようなものだから、最早や一点の不平は云われない。
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福翁自伝・老余の半生・問題更らに起るソコで私の身の進退に就ても更らに問題が起る。是れまで新政府に出身しなかったのは、政府が鎖国攘夷の主義であるから之を嫌うたのだ、仮令い開国と触出してもその内実は鎖攘の根性、信ずるに足らずと見縊たのである、然るに政府の方針がいよ/\開国文明と決して着々事実に顕わるゝに於ては、官界に力を尽して政府人と共に文明の国事を経営するこそ本意ではないかと世間の人の思うのは、一寸と尤ものように見えるが、この一段になってもマダ私に動く気がない。
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福翁自伝・老余の半生・独立の手本を示さんとす(1)第四には、勤王佐幕など云う喧しい議論は差置き、維新政府の基礎が定まると、日本国中の士族は無論、百姓の子も町人の弟も、少しばかり文字でも分る奴は皆役人になりたいと云う。仮令い役人にならぬでも、兎に角に政府に近づいて何か金儲でもしようと云う熱心で、その有様は臭い物に蠅のたかるようだ。全国の人民、政府に依らねば身を立てる処のないように思うて、一身独立と云う考は少しもない。偶ま外国修業の書生などが帰て来て、僕は畢生独立の覚悟で政府仕官は思いも寄らぬ、なんかんと鹿爪らしく私方へ来て満腹の気焔を吐く者は幾らもある。私は最初から当てにせずに宜い加減に聞流して居ると、その独立先生が久しく見えぬ。スルと後に聞けばその男はチャンと何省の書記官に為り、運の好い奴は地方官になって居ると云うような風で、何も之を咎めるではない、人々の進退はその人の自由自在なれども、全国の人が唯政府の一方を目的にして外に立身の道なしと思込んで居るのは、畢竟漢学教育の余弊で、所謂宿昔青雲の志と云うことが先祖以来の遺伝に存して居る一種の迷である。今この迷を醒まして文明独立の本義を知らせようとするには、天下一人でもその真実の手本を見せたい、亦自からその方針に向う者もあるだろう、一国の独立は国民の独立心から湧て出てることだ、国中を挙げて古風の奴隷根性では迚も国が持てない、出来ることか出来ないことかソンな事に躊躇せず、自分がその手本になって見ようと思付き、人間万事無頓着と覚悟を定めて、唯独立独歩と安心決定したから、政府に依りすがる気もない、役人達に頼む気もない。貧乏すれば金を使わない、金が出来れば自分の勝手に使う。人に交わるには出来る丈けの誠を尽して交わる、ソレでも忌と云えば交わって呉れなくても宜しい。客を招待すれば此方の家風の通りに心を用いて饗応する、その風が嫌いなら来て呉れなくても苦しうない。此方の身に叶う丈けを尽して、ソレから上は先方の領分だ。誉めるなり譏るなり喜ぶなり怒るなり勝手次第にしろ、誉められて左まで歓びもせず、譏られて左まで腹も立てず、いよ/\気が合わねば遠くに離れて附合わぬ計りだ。一切万事、人にも物にもぶら下らずに、云わば捨身になって世の中を渡るとチャンと説を定めて居るから、何としても政府へ仕官などは出来ない。この流儀が果して世の中の手本になって宜い事か、悪い事か、ソレも無頓着だ、宜ければ甚だ宜しい、悪るければソレまでの事だ、その先きまで責任を脊負い込もうとは思いません。
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福翁自伝・一身一家経済の由来・本藩に対してはその卑劣朝鮮人の如し斯う云えば私が如何にも高尚廉潔の君子のように見えるが、この君子の前後を丸出しにすると実は大笑いの話だ。是れは私一人でない、同藩士も同じことだ。イヤ同藩士ばかりでない、日本国中の大名の家来は大抵皆同じことであろう。藩主から物を貰えば拝領と云て、之に返礼する気はない。馳走になれば御酒下されなんと云て、気の毒にも思わず唯難有いと御辞儀をするばかりで、その実は人間相互いの附合いと思わぬから、金銭の事に就ても亦その通りでなければならぬ。私が中津藩に対する筆法は、金の辞退どころか唯取ること計り考えて、何でも構わぬ、取れる丈け取れと云う気で、一両でも十両でも旨く取出せば、何だか猟に行て獲物のあったような心持がする。拝借と云て金を借りた以上は此方のもので、返すと云う念は万々ない。仮初にも自分の手に握れば、借りた金も貰た金も同じことで、後の事は少しも思わず、義理も廉恥もないその有様は、今の朝鮮人が金を貪ると何にも変たことはない。嘘も吐けば媚も献じ、散々なことをして、藩の物を只取ろう/\とばかり考えて居たのは可笑しい。
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