導師導古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

福沢諭吉小品集 / 徳育如何・第5段

開国以来、我が日本人は西洋諸国の学を勉め、またこれを聞伝えて、ようやく自主独立の何ものたるを知りたれども、未だこれを実際に施すを得ず、またその実施を目撃したることもなかりしに、十五年前、維新の革命あり。この革命は諸藩士族の手に成りしものにして、その士族は数百年来周公孔子の徳教に育せられ、満腔ただ忠孝の二字あるのみにして、一身もってその藩主に奉じ、君のために死するのほか、心事なかりしものが、一旦開進の気運に乗じて事を挙げ、ついに旧政府を倒して新政府を立てたるその際に、最初はおのおのその藩主の名をもってしたりといえども、事成るの後にいたり、藩主は革命の名利にあずかるを得ずして、功名利禄は藩士族の流に帰し、ついで廃藩の大挙にあえば、藩主は得るところなきのみならず、かえって旧物を失うて、まったく落路の人たるが如し。 従前は其藩にありて同藩士の末座に列し、いわゆる君公には容易に目通りもかなわざりし小家来が、一朝の機に乗じて新政府に出身すれば、儼然たる正何位・従何位にして、旧君公と同じく朝に立つのみならず、君公かえって従にして、家来正なるあり。なおなはなだしきは公に旧君の名をもって旧家来の指令を仰ぎ、私にその宅に伺候して依托することもあらん。 また、四民同権の世態に変じたる以上は、農商も昔日の素町人・土百姓に非ずして、藩地の士族を恐れざるのみならず、時としては旧領主を相手取りて出訴に及び、事と品によりては旧殿様の家を身代限にするの奇談も珍しからず。昔年、馬に乗れば切捨てられたる百姓町人の少年輩が、今日借馬に乗て飛廻わり、誤って旧藩地の士族を踏殺すも、法律においてはただ罰金の沙汰あらんのみ。

書き下し

開国以来、我が日本人は西洋諸国の学を勉め、またこれを聞伝えて、ようやく自主独立の何ものたるを知りたれども、未だこれを実際に施すを得ず、またその実施を目撃したることもなかりしに、十五年前、維新の革命あり。この革命は諸藩士族の手に成りしものにして、その士族は数百年来周公孔子の徳教に育せられ、満腔ただ忠孝の二字あるのみにして、一身もってその藩主に奉じ、君のために死するのほか、心事なかりしものが、一旦開進の気運に乗じて事を挙げ、ついに旧政府を倒して新政府を立てたるその際に、最初はおのおのその藩主の名をもってしたりといえども、事成るの後にいたり、藩主は革命の名利にあずかるを得ずして、功名利禄は藩士族の流に帰し、ついで廃藩の大挙にあえば、藩主は得るところなきのみならず、かえって旧物を失うて、まったく落路の人たるが如し。 従前は其藩にありて同藩士の末座に列し、いわゆる君公には容易に目通りもかなわざりし小家来が、一朝の機に乗じて新政府に出身すれば、儼然たる正何位・従何位にして、旧君公と同じく朝に立つのみならず、君公かえって従にして、家来正なるあり。なおなはなだしきは公に旧君の名をもって旧家来の指令を仰ぎ、私にその宅に伺候して依托することもあらん。 また、四民同権の世態に変じたる以上は、農商も昔日の素町人・土百姓に非ずして、藩地の士族を恐れざるのみならず、時としては旧領主を相手取りて出訴に及び、事と品によりては旧殿様の家を身代限にするの奇談も珍しからず。昔年、馬に乗れば切捨てられたる百姓町人の少年輩が、今日借馬に乗て飛廻わり、誤って旧藩地の士族を踏殺すも、法律においてはただ罰金の沙汰あらんのみ。

現代語訳

開国以来、我が日本人は西洋諸国の学問に努め、またそれを伝え聞いて、しだいに自主独立とは何であるかを知ったが、まだこれを実際に施すことができず、またその実施を目にしたこともなかったところに、十五年前、維新の革命があった。この革命は諸藩の士族の手で成ったもので、その士族は数百年来、周公・孔子の徳の教えに育てられ、心中ただ忠孝の二字があるだけで、一身をもって藩主に仕え、主君のために死ぬほかに心のうちになかった者が、ひとたび開化進歩の気運に乗じて事を起こし、ついに旧政府を倒して新政府を立てたその際に、最初はそれぞれの藩主の名をもって行ったけれども、事が成った後には、藩主は革命の名誉や利益にあずかることができず、功名利禄は藩士族の側に帰し、続いて廃藩の大改革に遭うと、藩主は得るところがないばかりか、かえって旧来のものを失い、まったく落ちぶれた人のようになった。 従来は藩にあって同藩士の末座に連なり、いわゆる殿様にはたやすく目通りもかなわなかった小家来が、ひとたびの機会に乗じて新政府に出仕すれば、堂々たる正何位・従何位として、旧君公と同じく朝廷に立つばかりか、君公のほうがかえって従で、家来のほうが正であることもある。さらにはなはだしいのは、公の場では旧君の名で旧家来の指令を仰ぎ、私的にはその家に伺候して頼み込むことさえあるだろう。 また、四民同権の世の中に変わった以上は、農民や商人も昔の素町人・土百姓ではなく、藩地の士族を恐れないばかりか、時には旧領主を相手取って訴え出るに及び、事と次第によっては旧殿様の家を破産させるという奇談も珍しくない。昔は馬に乗れば切り捨てられた百姓・町人の少年たちが、今日は借り馬に乗って飛び回り、誤って旧藩地の士族を踏み殺しても、法律上はただ罰金の沙汰があるだけである。

解説

維新は、忠孝を教えられた藩士たちの手で成り、旧主君と家来の上下が逆転し、身分の垣根が崩れました。福沢は、こうした現実の激変こそが人々の気風を変えた原因だと指摘します。かつての殿様より家来のほうが高位に就くという例は、秩序の入れ替わりを生々しく描いています。急な制度変更が人の意識に与える影響は、合併や組織改編の場面を想像させます。変化の渦中にいた当事者の目線で書かれているため、当時の実感を読み取る手がかりにもなります。

この章句が説くこと

維新の革命士族廃藩四民同権身分の逆転自主独立

関連する章句

『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る
本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円 本を見る