福翁自伝 / 雑記・暗殺の患は政治家の方に廻わる
凡そ私共の暗殺を恐れたのは、前に申す通り文久二、三年から明治六、七年頃までのことでしたが、世間の風潮は妙なもので、新政府の組織が次第に整頓して、随て執政者の権力も重きを成して、自から威福の行われるようになると同時に、天下の耳目は政府の一方に集り、私の不平も公衆の苦情も何も蚊もその原因を政府の当局者に帰して、之に加うるに羨望嫉妬の念を以てして、今度は政府の役人達が狙われるようになって来て、洋学者の方は大に楽になりました。喰違に岩倉公襲撃の頃からソロ/\始まって、明治十一年、大久保内務卿の暗殺以来、毎度の兇変は皆政治上の意味を含んで居るから、云わば学者の方は御留主になって、政治家の為めには誠に気の毒で万々推察しますが、私共は人に羨まれる事がないから、先ず以て今日は安心と思います。
書き下し
凡そ私共の暗殺を恐れたのは、前に申す通り文久二、三年から明治六、七年頃までのことでしたが、世間の風潮は妙なもので、新政府の組織が次第に整頓して、随て執政者の権力も重きを成して、自から威福の行われるようになると同時に、天下の耳目は政府の一方に集り、私の不平も公衆の苦情も何も蚊もその原因を政府の当局者に帰して、之に加うるに羨望嫉妬の念を以てして、今度は政府の役人達が狙われるようになって来て、洋学者の方は大に楽になりました。喰違に岩倉公襲撃の頃からソロ/\始まって、明治十一年、大久保内務卿の暗殺以来、毎度の兇変は皆政治上の意味を含んで居るから、云わば学者の方は御留主になって、政治家の為めには誠に気の毒で万々推察しますが、私共は人に羨まれる事がないから、先ず以て今日は安心と思います。
現代語訳
私たちが暗殺を恐れたのは、前に申したとおり文久二、三年から明治六、七年ごろまでのことでした。ところが世間の風潮というものは妙なもので、新政府の組織がだんだん整い、したがって政権を握る者の権力も重くなり、おのずから威光と福運が行き渡るようになると同時に、世間の目と耳は政府のほうへ集まりました。私の不満も世間の苦情も、何もかもその原因は政府の当局者のせいにされ、そこに羨望や嫉妬の念まで加わって、今度は政府の役人たちが狙われるようになり、洋学者のほうは大いに楽になりました。喰違で岩倉公が襲われたころからぼつぼつ始まり、明治十一年に大久保内務卿が暗殺されて以来、たびたびの凶変はみな政治上の意味を含んでいますから、いわば学者のほうは留守番のようになりました。政治家のためには誠に気の毒で、心から察しますが、私たちは人に羨まれることがないので、まず今日は安心だと思っています。
解説
この章句が説くこと
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