福翁自伝 / 暗殺の心配
是れまで御話し申した通り、私の言行は有心故造態と敵を求める訳けでは固よりないが、鎖国風の日本に居て一際目立つ様に開国文明論を主張すれば、自然に敵の出来るのも仕方がない。その敵も口で彼是喧しく云うて罵詈する位は何でもないが、唯怖くて堪らぬのは襲撃暗殺の一事です。是れから少しその事を述べましょうが、凡そ世の中に我身に取て好かない、不愉快な、気味の悪い、恐ろしいものは、暗殺が第一番である。この味は狙われた者より外に分るまいと思う。実に何とも口にも言われず筆にも書かれません。是れが病気を煩うとか、痛所があるとか何とか云えば、家内に相談し朋友に謀ると云う様なこともあるが、暗殺ばかりは家内の者へ云えば当人よりは却て家の者が心配しましょう、心配して呉れてソレが何にも役に立たぬ、ダカラ私はそんな事を家内の者に云た事もなければ親友に告げた事もない。固よりこの身に罪はない、仮令い粗われても恥かしい事ではないと云うことは分切て居ても、人に語て無益の事であるから、心配するのは自分一人である。私が暗殺を心配したのは毎度の事で、或は風声鶴唳にも驚きました。丁度今の狂犬を見たようなもので、おとなしい犬でも気味が悪いと云うような訳けで、どうも人を見ると気味がわるい。
書き下し
是れまで御話し申した通り、私の言行は有心故造態と敵を求める訳けでは固よりないが、鎖国風の日本に居て一際目立つ様に開国文明論を主張すれば、自然に敵の出来るのも仕方がない。その敵も口で彼是喧しく云うて罵詈する位は何でもないが、唯怖くて堪らぬのは襲撃暗殺の一事です。是れから少しその事を述べましょうが、凡そ世の中に我身に取て好かない、不愉快な、気味の悪い、恐ろしいものは、暗殺が第一番である。この味は狙われた者より外に分るまいと思う。実に何とも口にも言われず筆にも書かれません。是れが病気を煩うとか、痛所があるとか何とか云えば、家内に相談し朋友に謀ると云う様なこともあるが、暗殺ばかりは家内の者へ云えば当人よりは却て家の者が心配しましょう、心配して呉れてソレが何にも役に立たぬ、ダカラ私はそんな事を家内の者に云た事もなければ親友に告げた事もない。固よりこの身に罪はない、仮令い粗われても恥かしい事ではないと云うことは分切て居ても、人に語て無益の事であるから、心配するのは自分一人である。私が暗殺を心配したのは毎度の事で、或は風声鶴唳にも驚きました。丁度今の狂犬を見たようなもので、おとなしい犬でも気味が悪いと云うような訳けで、どうも人を見ると気味がわるい。
現代語訳
これまでお話しした通り、私の言行は、わざわざ敵を求めるわけでは、もとよりありませんが、鎖国風の日本にいて、ひときわ目立つように開国や文明を論じて主張すれば、自然と敵ができるのも仕方がありません。その敵も、口でとやかく言って罵るくらいは何でもありませんが、ただ怖くてたまらないのは、襲撃や暗殺のことです。これから少しその事を述べますが、およそ世の中で、わが身にとって好ましくない、不愉快な、気味の悪い、恐ろしいものは、暗殺が第一番です。この味は、狙われた者のほかには分かるまいと思います。実に何とも口にも言えず、筆にも書けません。これが病気にかかるとか、痛いところがあるとかいうなら、家内に相談し、友人に諮るというようなこともありますが、暗殺ばかりは、家内の者に言えば、当人よりかえって家の者が心配するでしょう。心配してくれても何の役にも立たない。だから私はそんなことを家内の者に言ったこともなく、親友に告げたこともありません。もとよりこの身に罪はなく、たとえ襲われても恥ずかしいことではないと、分かりきっていても、人に語って無益なことですから、心配するのは自分一人です。私が暗殺を心配したのはたびたびのことで、ときには風の音や鶴の声にも驚きました。ちょうど今の狂犬を見たようなもので、大人しい犬でも気味が悪いというわけで、どうも人を見ると気味が悪いのです。
解説
この章句が説くこと
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史記 高祖本紀是に於て乃ち趙の山北を分かち、子恒を立てて以て代王と為し、晋陽に都せしむ。春、淮陰侯韓信関中に謀反す、三族を夷ぐ。夏、梁王彭越謀反す、廃して蜀に遷す。復た反せんと欲す、遂に三族を夷ぐ。子恢を立てて梁王と為し、子友を淮陽王と為す。秋七月、淮南王黥布反し、東のかた荊王劉賈の地を并せ、北のかた淮を渡る、楚王交走りて薛に入る。高祖自ら往きて之を撃つ。子長を立てて淮南王と為す。十二年、十月、高祖已に布の軍を会甀に撃つ、布走る、別将をして之を追はしむ。高祖還り帰る、沛を過ぎ、留まる。沛宮に置酒し、悉く故人父老子弟を召して縦酒し、沛中の児を発して百二十人を得、之に歌を教ふ。酒酣にして、高祖筑を撃ち、自ら歌詩を為りて曰く、「大風起こりて雲飛揚す、威海内に加はりて故郷に帰る、安くにか猛士を得て四方を守らしめん。」と。児をして皆和して之を習はしむ。高祖乃ち起ちて舞ひ、慷慨傷懐し、泣数行下る。沛の父兄に謂ひて曰く、「游子故郷を悲しむ。吾関中に都すと雖も、万歳の後吾が魂魄猶ほ沛を楽しみ思はん。且つ朕沛公より以て暴逆を誅し、遂に天下を有つ、其れ沛を以て朕の湯沐の邑と為し、其の民を復し、世世与る所有る無からしめん。」と。沛の父兄諸母故人日に楽飲して驩を極め、旧故を道ひて笑楽を為す。十余日、高祖去らんと欲す、沛の父兄固く高祖を留めんことを請ふ。高祖曰く、「吾が人衆多し、父兄給する能はず。」と。乃ち去る。沛中県を空しくして皆邑の西に之きて献ず。高祖復た留止し、張飲すること三日。沛の父兄皆頓首して曰く、「沛は幸ひに復を得たり、豊は未だ復せず、唯だ陛下之を哀憐せよ。」と。高祖曰く、「豊は吾が生長せし所、極めて忘れざるのみ、吾特に其の雍歯の故を以て我に反きて魏の為にせしが為なり。」と。沛の父兄固く請ふ、乃ち并せて豊を復し、沛に比す。是に於て沛侯劉濞を拝して呉王と為す。
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