酔古堂剣掃 / 集豪・縹緲たる孤鴻
縹緲孤鴻,影來窗際,開戶從之,明月入懷,花枝零亂,朗吟楓落,吳江之句,令人淒絕。
新字:縹緲孤鴻,影来窗際,開戸従之,明月入懐,花枝零乱,朗吟楓落,呉江之句,令人淒絶。
書き下し
縹緲たる孤鴻、影窗際に來る。戶を開きて之に從へば、明月懷に入り、花枝零亂たり。楓落ち吳江の句を朗吟すれば、人をして淒絕たらしむ。
現代語訳
はるかに飛ぶ一羽の雁の影が、窓辺にやって来ました。戸を開けてその影を追っていくと、明るい月の光が懐に差し込み、花の枝が乱れて揺れています。楓落ちて呉江冷やかなりの句を声高らかに吟じると、たまらなく寂しい気持ちになります。
解説
秋の夜の一場面を、映像のように描いた一則です。縹緲は遠くかすかなさま、孤鴻は群れを離れた一羽の雁で、孤独な人のたとえにもなります。雁の影に誘われて戸外へ出ると、月の光と揺れる花枝が迎えます。楓落ち呉江の句は、唐の崔信明の名句、楓落ちて呉江冷やかなりを指し、秋の寂寥を詠んだ一句として知られます。淒絶は、身にしみるほど寂しいことです。寂しさを遠ざけずに味わい尽くすところに、豪放とは別の、深い情感の豪さがあります。一人の夜も、心を澄ませる時間になりえます。
この章句が説くこと
孤独風雅自然詩秋
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