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福翁自伝 / 王政維新・教員金の多少を争う

右の通り三田の新塾は万事都合能く行われて、塾の資本金こそ皆無なれ、生徒から毎月の授業料を取集めて之を教師に分配して、如何やら斯うやら立行くその中にも、教師は皆本塾の先進生であるから、この塾に居て余計な金を取ろうと云う考はない。第一私が一銭でも塾の金を取らぬのみか、普請の時などには毎度此方から金を出して遣る。教師達もその通りで、外に出れば随分給料の取れるのを取らずに塾の事を勤めるから、是れも私金を出すと同じ事である。凡そコンナ風で無資金の塾も維持が出来たが、その時の真面目を申せば、月末などに金を分配するとき、動もすれば教師の間に議論が起るその議論は即ち金の多少を争う議論で、僕はコンなに多く取る訳けはない、君の方が少ないと云うと、「イヤ爾うでない、僕は是れで沢山だ、イヤ多い、少ないと、喧嘩のように云てるから、私は側から見て、「ソリゃ又始まった、大概にして置きなさい、ドウせ足りない金だから宜い加減にして分けて仕舞え、争う程の事でもないと毎度笑て居ました。この通りで慶應義塾の成立は、教師の人々がこの塾を自分のものと思うて勉強したからの事です。決して私一人の力に叶う事ではない。人間万事余り世話をせずに放任主義の方が宜いかと思われます。その後時勢も次第に進歩するに従い、塾の維持金を集め、又大学部の為めにも募り、近来は又重ねて募集金を始めましたが、是れも私は余り深く関係せず、一切の事を塾出身の若い人に任せて居ます。

新字:右の通り三田の新塾は万事都合能く行われて、塾の資本金こそ皆無なれ、生徒から毎月の授業料を取集めて之を教師に分配して、如何やら斯うやら立行くその中にも、教師は皆本塾の先進生であるから、この塾に居て余計な金を取ろうと云う考はない。第一私が一銭でも塾の金を取らぬのみか、普請の時などには毎度此方から金を出して遣る。教師達もその通りで、外に出れば随分給料の取れるのを取らずに塾の事を勤めるから、是れも私金を出すと同じ事である。凡そコンナ風で無資金の塾も維持が出来たが、その時の真面目を申せば、月末などに金を分配するとき、動もすれば教師の間に議論が起るその議論は即ち金の多少を争う議論で、僕はコンなに多く取る訳けはない、君の方が少ないと云うと、「イヤ爾うでない、僕は是れで沢山だ、イヤ多い、少ないと、喧嘩のように云てるから、私は側から見て、「ソリゃ又始まった、大概にして置きなさい、ドウせ足りない金だから宜い加減にして分けて仕舞え、争う程の事でもないと毎度笑て居ました。この通りで慶応義塾の成立は、教師の人々がこの塾を自分のものと思うて勉強したからの事です。決して私一人の力に叶う事ではない。人間万事余り世話をせずに放任主義の方が宜いかと思われます。その後時勢も次第に進歩するに従い、塾の維持金を集め、又大学部の為めにも募り、近来は又重ねて募集金を始めましたが、是れも私は余り深く関係せず、一切の事を塾出身の若い人に任せて居ます。

書き下し

右の通り三田の新塾は万事都合能く行われて、塾の資本金こそ皆無なれ、生徒から毎月の授業料を取集めて之を教師に分配して、如何やら斯うやら立行くその中にも、教師は皆本塾の先進生であるから、この塾に居て余計な金を取ろうと云う考はない。第一私が一銭でも塾の金を取らぬのみか、普請の時などには毎度此方から金を出して遣る。教師達もその通りで、外に出れば随分給料の取れるのを取らずに塾の事を勤めるから、是れも私金を出すと同じ事である。凡そコンナ風で無資金の塾も維持が出来たが、その時の真面目を申せば、月末などに金を分配するとき、動もすれば教師の間に議論が起るその議論は即ち金の多少を争う議論で、僕はコンなに多く取る訳けはない、君の方が少ないと云うと、「イヤ爾うでない、僕は是れで沢山だ、イヤ多い、少ないと、喧嘩のように云てるから、私は側から見て、「ソリゃ又始まった、大概にして置きなさい、ドウせ足りない金だから宜い加減にして分けて仕舞え、争う程の事でもないと毎度笑て居ました。この通りで慶應義塾の成立は、教師の人々がこの塾を自分のものと思うて勉強したからの事です。決して私一人の力に叶う事ではない。人間万事余り世話をせずに放任主義の方が宜いかと思われます。その後時勢も次第に進歩するに従い、塾の維持金を集め、又大学部の為めにも募り、近来は又重ねて募集金を始めましたが、是れも私は余り深く関係せず、一切の事を塾出身の若い人に任せて居ます。

現代語訳

こうして三田の新塾は万事都合よく運び、塾の資本金こそ皆無ですが、生徒から毎月の授業料を取り集めて、それを教師に分配して、どうにかこうにかやっていけました。その中でも、教師はみな本塾の先輩生ですから、この塾にいて余分な金を取ろうという考えはありません。第一、私が一銭も塾の金を取らないばかりか、普請のときなどにはたびたびこちらから金を出してやります。教師たちもその通りで、外に出ればずいぶん給料の取れるものを取らずに塾の仕事を務めるのですから、これも私金を出すのと同じことです。だいたいこんな具合で、資金のない塾も維持できましたが、その時の真面目を申せば、月末などに金を分配するとき、ともすれば教師の間に議論が起こります。その議論とは、金の多少を争う議論で、僕はこんなに多く取る理由はない、君のほうが少ない、と言うと、いやそうではない、僕はこれで十分だ、いや多い、少ない、と、喧嘩のように言うので、私は側から見て、それ、また始まった、いい加減にしておきなさい、どうせ足りない金だから適当に分けてしまえ、争うほどのことでもない、と毎度笑っていました。 この通りで、慶應義塾の成立は、教師の人々がこの塾を自分のものと思って勉強したからのことです。決して私一人の力でできることではありません。人間万事、あまり世話をせずに放任主義のほうがよいかと思われます。その後、時勢も次第に進歩するにつれ、塾の維持金を集め、また大学部のためにも募り、近ごろはまた重ねて募集金を始めましたが、これも私はあまり深く関わらず、一切のことを塾出身の若い人に任せています。

解説

給料の分配で、教師たちが多く取ることを互いに遠慮して争う、という珍しい光景が描かれています。外に出れば稼げる人たちが、少ない報酬で塾に尽くしたのは、この塾を自分のものと思っていたからだと福沢は見ます。自分が一銭も取らず、むしろ持ち出していたことも、その空気をつくりました。組織への当事者意識は、指示や制度より、トップの振る舞いと任せ方で生まれるものです。あなたの職場では、任せた人が自分のものとして働けていますか。

この章句が説くこと

授業料の分配当事者意識放任主義教師無資金任せる

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