福翁自伝 / 大阪修業・血に交わりて赤くならず(1)
この通り幼少の時から酒が数寄で酒の為めには有らん限りの悪い事をして随分不養生も犯しましたが、又一方から見ると私の性質として品行は正しい。是れだけは少年時代、乱暴書生に交っても、家を成して後、世の中に交際しても、少し人に変って大きな口が利かれる。滔々たる濁水社会にチト変人のように窮屈なようにあるが、左ればとて実際浮気な花柳談と云うことは大抵事細に知て居る。何故と云うに他人の夢中になって汚ない事を話して居るのを能く注意して聞て心に留めて置くから、何でも分らぬことはない。例えば、私は元来囲碁を知らぬ、少しも分らないけれども、塾中の書生仲間に囲碁が始まると、ジャ/″\張り出て巧者なことを云て、ヤア黒のその手は間違いだ、夫れ又やられたではないか、油断をすると此方の方が危いぞ、馬鹿な奴だあれを知らぬかなどゝ、宜い加減に饒舌れば、書生の素人の拙囲碁で、助言は固より勝手次第で、何方が負けそうなと云う事は双方の顔色を見て能く分るから、勝つ方の手を誉めて負ける方を悪くさえ云えば間違いはない。ソコデ私は中々囲碁が強いように見えて、「福澤一番遣ろうかと云われると、「馬鹿云うな、君達を相手にするのは手間潰しだ、そんな暇はないと、高くとまって澄し込んで居るから、いよ/\上手のように思われて凡そ一年ばかりは胡摩化して居たが、何かの拍子にツイ化の皮が現われて散々罵しられたことがある、と云うようなもので、花柳社会の事も他人の話を聞きその様子を見て大抵こまかに知て居る、知て居ながら自分一身は鉄石の如く大丈夫である。マア申せば血に交わりて赤くならぬとは私の事でしょう。
新字:この通り幼少の時から酒が数寄で酒の為めには有らん限りの悪い事をして随分不養生も犯しましたが、又一方から見ると私の性質として品行は正しい。是れだけは少年時代、乱暴書生に交っても、家を成して後、世の中に交際しても、少し人に変って大きな口が利かれる。滔々たる濁水社会にチト変人のように窮屈なようにあるが、左ればとて実際浮気な花柳談と云うことは大抵事細に知て居る。何故と云うに他人の夢中になって汚ない事を話して居るのを能く注意して聞て心に留めて置くから、何でも分らぬことはない。例えば、私は元来囲碁を知らぬ、少しも分らないけれども、塾中の書生仲間に囲碁が始まると、ジャ/″\張り出て巧者なことを云て、ヤア黒のその手は間違いだ、夫れ又やられたではないか、油断をすると此方の方が危いぞ、馬鹿な奴だあれを知らぬかなどゝ、宜い加減に饒舌れば、書生の素人の拙囲碁で、助言は固より勝手次第で、何方が負けそうなと云う事は双方の顔色を見て能く分るから、勝つ方の手を誉めて負ける方を悪くさえ云えば間違いはない。ソコデ私は中々囲碁が強いように見えて、「福沢一番遣ろうかと云われると、「馬鹿云うな、君達を相手にするのは手間潰しだ、そんな暇はないと、高くとまって澄し込んで居るから、いよ/\上手のように思われて凡そ一年ばかりは胡摩化して居たが、何かの拍子にツイ化の皮が現われて散々罵しられたことがある、と云うようなもので、花柳社会の事も他人の話を聞きその様子を見て大抵こまかに知て居る、知て居ながら自分一身は鉄石の如く大丈夫である。マア申せば血に交わりて赤くならぬとは私の事でしょう。
書き下し
この通り幼少の時から酒が数寄で酒の為めには有らん限りの悪い事をして随分不養生も犯しましたが、又一方から見ると私の性質として品行は正しい。是れだけは少年時代、乱暴書生に交っても、家を成して後、世の中に交際しても、少し人に変って大きな口が利かれる。滔々たる濁水社会にチト変人のように窮屈なようにあるが、左ればとて実際浮気な花柳談と云うことは大抵事細に知て居る。何故と云うに他人の夢中になって汚ない事を話して居るのを能く注意して聞て心に留めて置くから、何でも分らぬことはない。例えば、私は元来囲碁を知らぬ、少しも分らないけれども、塾中の書生仲間に囲碁が始まると、ジャ/″\張り出て巧者なことを云て、ヤア黒のその手は間違いだ、夫れ又やられたではないか、油断をすると此方の方が危いぞ、馬鹿な奴だあれを知らぬかなどゝ、宜い加減に饒舌れば、書生の素人の拙囲碁で、助言は固より勝手次第で、何方が負けそうなと云う事は双方の顔色を見て能く分るから、勝つ方の手を誉めて負ける方を悪くさえ云えば間違いはない。ソコデ私は中々囲碁が強いように見えて、「福澤一番遣ろうかと云われると、「馬鹿云うな、君達を相手にするのは手間潰しだ、そんな暇はないと、高くとまって澄し込んで居るから、いよ/\上手のように思われて凡そ一年ばかりは胡摩化して居たが、何かの拍子にツイ化の皮が現われて散々罵しられたことがある、と云うようなもので、花柳社会の事も他人の話を聞きその様子を見て大抵こまかに知て居る、知て居ながら自分一身は鉄石の如く大丈夫である。マア申せば血に交わりて赤くならぬとは私の事でしょう。
現代語訳
このように幼少の時から酒が好きで、酒のためにはありったけの悪いことをして、ずいぶん不養生もしましたが、また一方から見ると、私の性質として品行は正しいのです。これだけは少年時代、乱暴書生に交わっても、家を成した後、世の中に交際しても、少し人と変わって大きな口がきけます。滔々たる濁水社会にはいささか変人のように窮屈なようですが、さりとて実際に、浮気な花柳の話はだいたい事細かに知っています。なぜかと言うと、他人が夢中になって汚いことを話しているのをよく注意して聞いて、心に留めておくから、何でも分からないことはありません。 たとえば、私はもともと囲碁を知りません。少しも分かりませんが、塾中の書生仲間に囲碁が始まると、ジャジャ張り出て巧者なことを言って、「やあ、黒のその手は間違いだ、それまたやられたではないか、油断をするとこちらの方が危ないぞ、馬鹿な奴だ、あれを知らぬか」などと、いい加減におしゃべりをします。書生の素人の下手な囲碁で、助言はもとより勝手次第で、どちらが負けそうかということは双方の顔色を見てよく分かるから、勝つ方の手を褒めて負ける方を悪く言いさえすれば間違いはありません。そこで私はなかなか囲碁が強いように見えて、「福沢、一番やろうか」と言われると、「馬鹿を言うな、君達を相手にするのは手間潰しだ、そんな暇はない」と、高く構えて澄まし込んでいるので、いよいよ上手のように思われて、およそ一年ばかりごまかしていましたが、何かの拍子についに化けの皮が剥がれて、さんざん罵られたことがあります。 というようなもので、花柳社会のことも、他人の話を聞きその様子を見て、だいたい細かく知っています。知っていながら、自分一身は鉄石のように大丈夫です。まあ言うなら、血に交わりて赤くならぬとは私のことでしょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』說林下二十三伯楽、二人に踶馬を相することを教へ、相与に簡子の廐に之きて馬を観る。一人、踶馬を挙ぐ。其の一人、後ろより之を循で、三たび其の尻を撫づるも馬踶まず。
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『呻吟語』内篇・應務・一葉を觀て樹の死生を知る一葉を觀て樹の死生を知り、一面を觀て人の病否を知り、一言を現て識の是非を知り、一事を現て心の邪正を知る。
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『春秋左氏伝』荘公二十八年 楚幕に烏あり楚の令尹子元文夫人を蠱せんと欲し、館を其の宮の側に爲りて、萬を振ふ。夫人之を聞き、泣きて曰く、「先君是の舞を以ってするや、戎備を習ふなり。今令尹諸を仇讎に尋ねずして、未亡人の側に於いてす。亦た異ならずや」と。禦人以って子元に告ぐ。子元曰く、「婦人すら仇を襲ふを忘れず、我反って之を忘る」と。秋、子元車六百乘を以って鄭を伐ち、桔柣の門に入る。子元・鬭禦疆・鬭梧・耿之不比旆と爲り、鬭班・王孫游・王孫喜殿す。眾車純門より入り、逵市に及ぶ。縣門發せず。楚言して出づ。子元曰く、「鄭に人有り」と。諸侯鄭を救ふ。楚の師夜遁る。鄭人將に桐丘に奔らんとす。諜告げて曰く、「楚の幕に烏有り」と。乃ち止む。冬、饑う。臧孫辰糴を齊に告ぐ、禮なり。郿に築く、都に非ざるなり。凡そ邑に宗廟先君の主有るを都と曰ひ、無きを邑と曰ふ。邑には築と曰ひ、都には城と曰ふ。
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人物志・八觀八観とは、一に曰く、其の奪救を観て、以て間雑を明らかにす。二に曰く、其の感変を観て、以て常度を審らかにす。三に曰く、其の志質を観て、以て其の名を知る。四に曰く、其の所由を観て、以て依似を弁ず。五に曰く、其の愛敬を観て、以て通塞を知る。六に曰く、其の情機を観て、以て恕惑を弁ず。
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言志四録・言志録 第九十一条 月を看て宇宙を想ふ人の月を看るは、皆徒らに看るなり。須らく此に於て宇宙無窮の概を想ふべし。(乙亥中秋、月下に録す)
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言志四録・言志晩録 第八十八条 武技を観るも亦学余好んで武技を演ずるを観る。之を観るに目を以てせずして心を以てす。必ず先づ呼吸を収めて、以て渠が呼吸を邀ふ。勝敗を問はずして、其の順逆を視る。甚だ適なり。此れも亦是れ学なり。
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