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福翁自伝 / 大阪修業・書生の生活酒の悪癖(2)

ソレカラ長崎に出たとき、二十一歳とは云いながらその実は十九歳余り、マダ丁年にもならぬ身で立派な酒客、唯飲みたくて堪らぬ。所が兼ての宿願を達して学問修業とあるから、自分の本心に訴えて何としても飲むことは出来ず、滞留一年の間、死んだ気になって禁酒しました。山本先生の家に食客中も、大きな宴会でもあればその時に盗んで飲むことは出来る。又銭さえあれば町に出て一寸と升の角から遣るのも易いが、何時か一度は露顕すると思て、トウ/\辛抱して一年の間、正体を現わさずに、翌年の春、長崎を去て諫早に来たとき始めてウント飲んだ事がある。その後程経て文久元年の冬、洋行するとき、長崎に寄港して二日ばかり滞在中、山本の家を尋ねて先年中の礼を述べ、今度洋行の次第を語り、そのとき始めて酒の事を打明け、下戸とは偽り実は大酒飲だと白状して、飲んだも飲んだか、恐ろしく飲んで、先生夫婦を驚かした事を覚えて居ます。

書き下し

ソレカラ長崎に出たとき、二十一歳とは云いながらその実は十九歳余り、マダ丁年にもならぬ身で立派な酒客、唯飲みたくて堪らぬ。所が兼ての宿願を達して学問修業とあるから、自分の本心に訴えて何としても飲むことは出来ず、滞留一年の間、死んだ気になって禁酒しました。山本先生の家に食客中も、大きな宴会でもあればその時に盗んで飲むことは出来る。又銭さえあれば町に出て一寸と升の角から遣るのも易いが、何時か一度は露顕すると思て、トウ/\辛抱して一年の間、正体を現わさずに、翌年の春、長崎を去て諫早に来たとき始めてウント飲んだ事がある。その後程経て文久元年の冬、洋行するとき、長崎に寄港して二日ばかり滞在中、山本の家を尋ねて先年中の礼を述べ、今度洋行の次第を語り、そのとき始めて酒の事を打明け、下戸とは偽り実は大酒飲だと白状して、飲んだも飲んだか、恐ろしく飲んで、先生夫婦を驚かした事を覚えて居ます。

現代語訳

それから長崎に出た時、二十一歳とは言いながら実は十九歳余りで、まだ成年にもならぬ身で、立派な酒好きです。ただ飲みたくてたまりません。ところが、かねての宿願を果たして学問修業とあるから、自分の本心に訴えて、何としても飲むことはできず、滞留一年の間、死んだ気になって禁酒しました。山本先生の家に食客でいる間も、大きな宴会でもあればその時に盗んで飲むことはできる。また銭さえあれば町に出てちょっと升の角から飲むのもたやすいが、いつか一度は露顕すると思って、とうとう辛抱して一年の間、正体を現さずにいました。翌年の春、長崎を去って諫早に来た時、初めてうんと飲んだことがあります。 その後、時を経て、文久元年の冬、洋行する時に、長崎に寄港して二日ばかり滞在する間、山本の家を訪ねて先年の礼を述べ、今度洋行の次第を語り、その時初めて酒のことを打ち明けて、下戸とは偽り、実は大酒飲みだと白状しました。飲んだも飲んだか、恐ろしく飲んで、先生夫婦を驚かしたことを覚えています。

解説

長崎での一年は、福沢が酒を断った時期でした。学問のために来たのだから飲めないと、自分の本心に訴えて我慢し通します。そして1861年(文久元年)の洋行の途中、山本先生の家で初めて正体を明かし、大酒飲みだと白状します。禁酒した動機は、周囲の目ではなく、自分が学びに来た目的でした。目的が明確なら、欲望を抑えるのは意志の強さよりも、優先順位の置き方で決まる、と読めます。

この章句が説くこと

禁酒長崎辛抱洋行白状本心

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