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福翁自伝 / 幼少の時・喜怒色に顕わさず

或時私が何か漢書を読む中に、喜怨色に顕さずと云う一句を読で、その時にハット思うて大に自分で安心決定したことがある。「是れはドウモ金言だと思い、始終忘れぬようにして独りこの教を守り、ソコデ誰が何と云て賞めて呉れても、唯表面に程よく受けて心の中には決して喜ばぬ。又何と軽蔑されても決して怒らない。どんな事があっても怒った事はない。矧や朋輩同士で喧嘩をしたと云うことは只の一度もない。ツイゾ人と掴合ったの、打ったの、打たれたのと云うことは一寸ともない。是れは少年の時ばかりでない。少年の時分から老年の今日に至るまで、私の手は怒に乗じて人の身体に触れたことはない。所が先年二十何年前、塾の書生に何とも仕方のない放蕩者があって、私が多年衣食を授けて世話をして遣るにも拘わらず、再三再四の不埓、或るときそのものが何処に何をしたか夜中酒に酔て生意気な風をして帰て来たゆえ、貴様は今夜寝ることはならぬ、起きてチャント正座して居ろと申渡して置て、少して行て見ればグウ/″\鼾をして居る。この不埓者めと云て、その肩の処をつらまえて引起して、目の醒めてるのを尚おグン/″\ゆたぶって遣たことがある。その時跡で独り考えて、「コリャ悪い事をした、乃公は生涯、人に向て此方から腕力を仕掛けたようなことはなかったに、今夜は気に済まぬ事をしたと思て、何だか坊主が戒律でも破たような心地がして、今に忘れることが出来ません。その癖私は少年の時から能く饒舌り、人並よりか口数の多い程に饒舌って、爾うして何でも為ることは甲斐々々しく遣て、決して人に負けないけれども、書生流儀の議論と云うことをしない。似合い議論すればと云ても、ほんとうに顔を赧めて如何あっても勝たなければならぬと云う議論をしたことはない。何か議論を始めて、ひどく相手の者が躍起となって来れば、此方はスラリと流して仕舞う。「彼の馬鹿が何を馬鹿を云て居るのだと斯う思て、頓と深く立入ると云うことは決して遣らなかった。ソレでモウ自分の一身は何処に行て如何な辛苦も厭わぬ、唯この中津に居ないで如何かして出て行きたいものだと、独り夫ればかり祈って居た処が、とうと長崎に行くことが出来ました。

書き下し

或時私が何か漢書を読む中に、喜怨色に顕さずと云う一句を読で、その時にハット思うて大に自分で安心決定したことがある。「是れはドウモ金言だと思い、始終忘れぬようにして独りこの教を守り、ソコデ誰が何と云て賞めて呉れても、唯表面に程よく受けて心の中には決して喜ばぬ。又何と軽蔑されても決して怒らない。どんな事があっても怒った事はない。矧や朋輩同士で喧嘩をしたと云うことは只の一度もない。ツイゾ人と掴合ったの、打ったの、打たれたのと云うことは一寸ともない。是れは少年の時ばかりでない。少年の時分から老年の今日に至るまで、私の手は怒に乗じて人の身体に触れたことはない。所が先年二十何年前、塾の書生に何とも仕方のない放蕩者があって、私が多年衣食を授けて世話をして遣るにも拘わらず、再三再四の不埓、或るときそのものが何処に何をしたか夜中酒に酔て生意気な風をして帰て来たゆえ、貴様は今夜寝ることはならぬ、起きてチャント正座して居ろと申渡して置て、少して行て見ればグウ/″\鼾をして居る。この不埓者めと云て、その肩の処をつらまえて引起して、目の醒めてるのを尚おグン/″\ゆたぶって遣たことがある。その時跡で独り考えて、「コリャ悪い事をした、乃公は生涯、人に向て此方から腕力を仕掛けたようなことはなかったに、今夜は気に済まぬ事をしたと思て、何だか坊主が戒律でも破たような心地がして、今に忘れることが出来ません。その癖私は少年の時から能く饒舌り、人並よりか口数の多い程に饒舌って、爾うして何でも為ることは甲斐々々しく遣て、決して人に負けないけれども、書生流儀の議論と云うことをしない。似合い議論すればと云ても、ほんとうに顔を赧めて如何あっても勝たなければならぬと云う議論をしたことはない。何か議論を始めて、ひどく相手の者が躍起となって来れば、此方はスラリと流して仕舞う。「彼の馬鹿が何を馬鹿を云て居るのだと斯う思て、頓と深く立入ると云うことは決して遣らなかった。ソレでモウ自分の一身は何処に行て如何な辛苦も厭わぬ、唯この中津に居ないで如何かして出て行きたいものだと、独り夫ればかり祈って居た処が、とうと長崎に行くことが出来ました。

現代語訳

あるとき私が何か漢書を読むうちに、「喜怒色に顕さず」という一句を読んで、そのときハッと思って、たいへん自分で安心を得たことがあります。「これはどうも金言だ」と思い、いつも忘れないようにして、ひとりこの教えを守り、そこで誰が何といってほめてくれても、ただ表面に程よく受けておいて、心の中では決して喜ばない。また何と軽蔑されても決して怒らない。どんなことがあっても怒ったことはありません。まして仲間同士でけんかをしたということはただの一度もありません。ついぞ人とつかみ合った、打った、打たれたということは少しもありません。これは少年の時ばかりではありません。少年の時分から老年の今日に至るまで、私の手は怒りに任せて人の身体に触れたことはありません。ところが先年、二十何年前、塾の書生に何ともしようのない放蕩者がいて、私が長年衣食を与えて世話をしてやっているにもかかわらず、再三再四の不埒を働き、あるときその者がどこで何をしたか夜中に酒に酔って、生意気な様子で帰って来たので、「貴様は今夜は寝てはならぬ、起きてきちんと正座していろ」と申し渡しておいて、しばらくして行ってみればぐうぐういびきをかいている。「この不埒者め」といって、その肩のところをつかまえて引き起こし、目が覚めているのにさらにぐんぐん揺さぶってやったことがあります。そのとき後でひとり考えて、「これは悪いことをした、俺は生涯、人に向かってこちらから腕力を振るったようなことはなかったのに、今夜は気に済まないことをした」と思って、何だか坊主が戒律でも破ったような心地がして、今でも忘れることができません。そのくせ私は少年のときからよくしゃべり、人並みよりも口数が多いほどにしゃべって、何でもすることはてきぱきとやって、決して人に負けませんが、書生流儀の議論ということをしません。議論をしろといわれても、本当に顔を赤くして、どうしても勝たなければならないという議論をしたことはありません。何か議論を始めて、ひどく相手の者が躍起になってくれば、こちらはするりと受け流してしまう。「あの馬鹿が何を馬鹿なことをいっているのだ」とこう思って、まったく深く立ち入るということは決してやりませんでした。それでもう、自分の一身はどこに行ってもどんな辛苦も厭わない、ただこの中津にいないで、どうにかして出て行きたいものだと、ひとりそればかり祈っていたところ、とうとう長崎に行くことができました。

解説

福沢は喜怒色に顕さずという言葉を金言として守り、生涯、人に手を上げたことがないと言います。ただ一度、放蕩者の書生を揺さぶったことを、坊主が戒律を破ったように悔い続けている点が人間らしい。議論でも、相手が躍起になれば受け流して深入りしなかったといいます。感情に飲まれず、勝ち負けのための議論を避けるという姿勢です。そのエネルギーを向けた先が、中津を出るという一点でした。感情を出さないことは冷たさではなく、本当に力を注ぐ対象を選ぶ技術だと読めます。管理職の感情管理にも通じる話です。

この章句が説くこと

喜怒色に顕さず金言自制議論を避ける受け流す脱出

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