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易経 / 豐卦

雖旬无咎,過旬災也。 有孚發若,信以發志也。 豐其沛,不可大事也。折其右肱,終不可用也。 豐其蔀,位不當也。日中見斗,幽不明也。遇其夷主,吉;行也。 六五之吉,有慶也。 豐其屋,天際翔也。窺其戶,闃其无人,自藏也。

新字:雖旬无咎,過旬災也。 有孚発若,信以発志也。 豊其沛,不可大事也。折其右肱,終不可用也。 豊其蔀,位不当也。日中見斗,幽不明也。遇其夷主,吉;行也。 六五之吉,有慶也。 豊其屋,天際翔也。窺其戸,闃其无人,自蔵也。

書き下し

旬しと雖も咎无しとは、旬を過ぐれば災あるなり。孚有りて発若たりとは、信以て志を発するなり。其の沛を豊いにすとは、大事に可ならざるなり。其の右の肱を折るとは、終に用ゐるべからざるなり。其の蔀を豊いにすとは、位当らざればなり。日中に斗を見るとは、幽にして明らかならざるなり。其の夷主に遇ふ、吉とは、行くなり。六五の吉は、慶び有るなり。其の屋を豊いにすとは、天際に翔るなり。其の戸を窺へば、闃として其れ人无しとは、自ら蔵(かく)るるなり。

現代語訳

力が等しくても咎がないとは、等しさを越えて張り合えば災いがあるのである。誠をもって心を開くとは、誠によって志を明らかにするのである。幕をさらに大きくするとは、大きな事には向かないのである。右の肘を折るとは、最後まで用いることができないのである。日よけの覆いを大きくするとは、位がふさわしくないからである。真昼に北斗星が見えるとは、暗くて明るくないのである。対等な主人に出会って吉とは、進んで行くのである。六五が吉なのは、喜びがあるからである。屋根を大きくするとは、天の果てまで舞い上がるように驕るのである。その戸口からのぞいてもひっそりとして人がいないとは、自分から身を隠して人を遠ざけるのである。

解説

豊の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。真昼に星が見えるほど覆いが大きいのは「幽にして明らかならざるなり」、盛大さに遮られて明が届かないからだと説きます。上六の屋敷を大きくするのは「天際に翔るなり」、天の果てまで舞い上がるような驕りであり、戸口に人がいないのは「自ら蔵るるなり」、自分から人を遠ざけて閉じこもった結果だと明かします。絶頂の組織の孤立は、外から来るのではなく自ら招くものです。成功のなかで、耳の痛い声を遠ざけていないか確かめたいところです。

この章句が説くこと

驕り孤立盛大明察

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