易経 / 鼎卦
鼎顛趾,未悖也。利出否,以從貴也。 鼎有實,慎所之也。我仇有疾,終无尤也。 鼎耳革,失其義也。 覆公餗,信如何也。 鼎黃耳,中以為實也。 玉鉉在上,剛柔節也。
新字:鼎顛趾,未悖也。利出否,以従貴也。 鼎有実,慎所之也。我仇有疾,終无尤也。 鼎耳革,失其義也。 覆公餗,信如何也。 鼎黄耳,中以為実也。 玉鉉在上,剛柔節也。
書き下し
鼎趾を顛(さかしま)にすとは、未だ悖(もと)らざるなり。否(わる)きを出すに利ありとは、以て貴きに従ふなり。鼎に実有りとは、之(ゆ)く所を慎むなり。我が仇疾有りとは、終に尤无きなり。鼎の耳革まるとは、其の義を失ふなり。公の餗(そく)を覆すとは、信に如何せん。鼎黄耳ありとは、中以て実と為すなり。玉鉉上に在るは、剛柔節あるなり。
現代語訳
鼎をひっくり返して足を上にするとは、まだ道にそむいてはいないのである。中の汚れを出すのによいとは、貴いものに従うのである。鼎に中身があるとは、どこへ向かうかを慎むのである。わが相手に病があるとは、最後まで咎がないのである。鼎の耳が変わるとは、その本来のはたらきを失うのである。公のための料理をひっくり返すとは、まことにどうしようもないのである。鼎に黄色の耳があるとは、中の徳を中身とするのである。玉の鉉が最上位にあるとは、剛と柔がほどよく節度を保っているのである。
解説
鼎の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。鼎を逆さにして汚れを出すのは「未だ悖らざるなり」、ひっくり返すように見えても道にそむいてはいないと説きます。中身が満ちた鼎は「之く所を慎むなり」と、充実している者ほど行き先を慎めと戒めます。足を折って料理をこぼすことには「信に如何せん」と、取り返しのつかなさを嘆きます。最後の玉の鉉は「剛柔節あるなり」で、強さと柔らかさの釣り合いの象徴です。中身が充実してきたときこそ、どこへ向かうかを慎重に選び、重い任を誰に託すかを見誤らないことが問われます。
この章句が説くこと
慎重充実責任均衡
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