易経 / 姤卦
系于金柅,柔道牽也。 包有魚,義不及賓也。 其行次且,行未牽也。 无魚之凶,遠民也。 九五含章,中正也。有隕自天,志不舍命也。 姤其角,上窮吝也。
新字:系于金柅,柔道牽也。 包有魚,義不及賓也。 其行次且,行未牽也。 无魚之凶,遠民也。 九五含章,中正也。有隕自天,志不舎命也。 姤其角,上窮吝也。
書き下し
金柅に系ぐとは、柔道牽(ひ)けばなり。包に魚有りとは、義として賓に及ぼさざるなり。其の行くこと次且たるは、行きて未だ牽かれざるなり。魚无きの凶とは、民に遠ざかればなり。九五の章を含むは、中正なればなり。天より隕つる有りとは、志命を舎(す)てざるなり。其の角に姤ふとは、上窮まりて吝なり。
現代語訳
金属の車止めにつなぎとめるとは、柔らかなものの道が引き寄せるからである。包みの中に魚があるとは、道理として客には及ぼさないのである。行き悩んでためらうとは、進んでもまだ引き寄せられていないのである。魚がない凶とは、民から遠ざかったからである。九五が美しさを内に含むのは、中正だからである。天から降ってくるものがあるとは、志が天命を捨てないのである。角の先で出会うとは、上に行き詰まって恥をかくのである。
解説
姤の爻辞に象伝が添えた理由づけです。九四の包みに魚がない凶は「民に遠ざかればなり」、手元の人々から離れてしまったために、動けば凶を招くのだと説きます。九五の「章を含む」は「中正なれば」、美しさや才を内に秘めていられるのは心が正しく定まっているからだとし、天より隕つるのは「志命を舎てざる」、志を捨てずに時を待つからだと言います。上に立つ者が現場から遠ざかれば、いざという時に人はついてきません。才を誇るより内に秘め、身近な人との関わりを保つことが大切です。
この章句が説くこと
現場中正時を待つ人心
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