易経 / 恒卦
浚恆之凶,始求深也。 九二悔亡,能久中也。 不恆其德,无所容也。 久非其位,安得禽也。 婦人貞吉,從一而終也。夫子制義,從婦凶也。 振恆在上,大无功也。
新字:浚恒之凶,始求深也。 九二悔亡,能久中也。 不恒其徳,无所容也。 久非其位,安得禽也。 婦人貞吉,従一而終也。夫子制義,従婦凶也。 振恒在上,大无功也。
書き下し
恒を浚くするの凶は、始めに深きを求むればなり。九二悔い亡ぶとは、能く中に久しければなり。其の徳を恒にせずとは、容るる所无きなり。其の位に非ざるに久しければ、安んぞ禽を得ん。婦人は貞にして吉とは、一に従いて終わればなり。夫子は義を制す、婦に従えば凶なり。恒を振るいて上に在り、大いに功无きなり。
現代語訳
「恒常を深く求めすぎて凶」とは、初めから深いものを求めるからである。「九二の悔いが消える」とは、中庸にとどまり続けることができるからである。「その徳を常に保たない」とは、どこにも受け入れられないことである。ふさわしくない位に長くいて、どうして獲物が得られようか。「妻が正しさを守って吉」とは、一人に従って生涯を終えるからである。夫は道義に照らして事を決める者であり、妻に従えば凶である。恒常を揺り動かしながら一番上にいる。大いに功がない。
解説
恒の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。初六の凶を「始めに深きを求むればなり」と説き、関係や事業の初めから深い恒常を求めすぎることを戒めます。九二の悔いが消えるのは「能く中に久しければなり」、偏らない中にとどまり続けられるからです。九四には「其の位に非ざるに久しければ、安んぞ禽を得ん」とあり、ふさわしくない場所に長くいても成果は得られないといいます。夫と妻を分ける記述は古代の家族観の反映で、役割に応じた恒常があるという趣旨で読むのがよいでしょう。
この章句が説くこと
継続中庸居場所焦り
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