易経 / 離卦
履錯之敬,以辟咎也。 黃離元吉,得中道也。 日昃之離,何可久也。 突如其來如,无所容也。 六五之吉,離王公也。 王用出征,以正邦也。
新字:履錯之敬,以辟咎也。 黄離元吉,得中道也。 日昃之離,何可久也。 突如其来如,无所容也。 六五之吉,離王公也。 王用出征,以正邦也。
書き下し
履むこと錯なるの敬は、以て咎を辟くるなり。黄離元いに吉とは、中道を得ればなり。日昃くの離、何ぞ久しかるべけんや。突如として其れ来如たりとは、容るる所无きなり。六五の吉は、王公に離けばなり。王用て出征すとは、以て邦を正すなり。
現代語訳
「足取りが入り乱れても慎み敬う」とは、それによってとがめを避けることである。「黄色の明るさにつき、大いに吉」とは、中庸の道を得ているからである。日が傾くときの明るさが、どうして長く続くことがあろうか。「突然やって来る」とは、どこにも受け入れられないことである。「六五の吉」とは、王公の位についているからである。「王がこの者を用いて出征させる」とは、それによって国を正すことである。
解説
離の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。初九の足取りが入り乱れる時の慎みを「以て咎を辟くるなり」と説き、始めの混乱も敬う心で咎を避けられるとします。九四の、突然やって来て燃え上がる者は「容るる所无きなり」、どこにも受け入れられないといいます。勢いだけで現れた者は、燃え尽きれば居場所がないのです。九三の日が傾く明るさも「何ぞ久しかるべけんや」と、盛りが長く続かないことを示します。急な勢いに頼らず、慎みと持続で居場所を築くことが大切です。
この章句が説くこと
勢い慎み持続居場所
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