論語 / 雍也篇
子曰:『回也、其心三月不違仁。其餘則日月至焉而已矣。』
新字:子曰:『回也、其心三月不違仁。其余則日月至焉而已矣。』
書き下し
子曰く、『回や、その心三月仁に違わず。其の余は則ち日月至るのみ。』
現代語訳
孔子が『回(顔回)は、その心が三ヶ月にわたって仁の境地から外れることがない。その他の者は、一日か一月その境地に至るだけだ』と言われた。
解説
孔子は「顔回は三か月もの間、心が仁の境地から離れることがない。それ以外の弟子たちは、せいぜい一日か一月、そこに至るだけだ」と述べました。ここで孔子が評価しているのは、一時的に立派な行いができることではなく、それをどれだけ長く保てるかという続ける力です。誰でも一度くらいは人に優しくしたり、誠実に振る舞ったりできますが、それを何か月も切らさずに続けるのは容易ではありません。挨拶を続ける、約束を守り続ける、機嫌よく家族と接し続けるといった当たり前のことほど、長続きさせるのが難しいものです。顔回のすごさは、才能そのものより、良い心がけを絶やさず保ち続けたところにあります。
この章句が説くこと
顔回持続仁
関連する章句
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孔子家語・七十二弟子解顏回は、魯の人、字は子淵、年二十九にして髪白く、三十一にして早死す。孔子曰わく、「吾に回有りてより、門人日々に益々親しむ」と。回の徳行著名にして、孔子其の仁を称す。
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孔子家語・顏回顏回問う、「朋友の際、如何。」孔子曰わく、「君子の朋友に於けるや、心必ず非とする有れども、『吾知らず』と謂う能わず、其れ仁人なり。久しき徳を忘れず、久しき怨みを思わず。仁なるかな。」
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説苑・辨物孔子晨(あした)に堂上に立ち、哭する者の声音甚だ悲しきを聞く。孔子琴を援(と)りて之を鼓す、其の音同じ。孔子出づるに、弟子吒(さ)する者有り。問う、「誰ぞや。」曰わく、「回なり。」孔子曰わく、「回何為(なんす)れぞ吒するや。」回曰わく、「今者哭する者有り、其の音甚だ悲し。独り死を哭するのみに非ず、又生きて離るる者を哭するなり。」孔子曰わく、「何を以て之を知るや。」回曰わく、「完山の鳥に似たり。」孔子曰わく、「何如(いかん)。」回曰わく、「完山の鳥四子を生み、羽翼已に成りて乃ち四海に離る。哀鳴して之を送るは、是れ往きて復た返らざればなり。」孔子人をして哭する者に問わしむ。哭する者曰わく、「父死して家貧しく、子を売りて以て之を葬らんとす、将に其れ与に別れんとするなり。」孔子曰わく、「善いかな、聖人なり。」
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中庸子曰く、「回(かい)の人と為(な)りや、中庸を択び、一善を得れば、則ち拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)して之を失わず」と。
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史記 仲尼弟子列伝顔回は、魯の人なり、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。顔淵、仁を問ふ。孔子曰く、「己に克ち礼に復る、天下仁に帰す」と。孔子曰く、「賢なるかな回や、一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り、人は其の憂ひに堪へず、回や其の楽しみを改めず。回や愚なるが如し、退きて其の私を省みれば、亦た以て発するに足る、回や愚ならず。之を用ふれば則ち行ひ、之を捨つれば則ち蔵る、唯我と爾とのみ是れ有るかな」と。回、年二十九、髪尽く白くして蚤く死す。孔子之を哭して慟し、曰く、「吾に回有りて自り、門人益々親しむ」と。魯の哀公問ふ、「弟子は孰をか学を好むと為すか」と。孔子対へて曰く、「顔回なる者有り、学を好み、怒りを遷さず、過ちを貮たびせず。不幸短命にして死せり。今や則ち亡し」と。
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論語・雍也篇哀公問う、弟子孰か学を好むと為す。孔子対えて曰く、顔回という者あり、学を好む。怒りを遷さず、過ちを二たびせず。不幸短命にして死せり。今は則ち亡し、未だ学を好む者を聞かざるなり。