易経 / 坎卦
習坎入坎,失道凶也。 求小得,未出中也。 來之坎坎,終无功也。 樽酒簋貳,剛柔济也。 坎不盈,中未大也。 上六失道,凶三歲也。
新字:習坎入坎,失道凶也。 求小得,未出中也。 来之坎坎,終无功也。 樽酒簋貳,剛柔济也。 坎不盈,中未大也。 上六失道,凶三歳也。
書き下し
習坎にして坎に入るとは、道を失いて凶なるなり。求めて小しく得とは、未だ中を出でざるなり。来たるも之くも坎坎たりとは、終に功无きなり。樽酒簋弐とは、剛柔際わるなり。坎盈たずとは、中未だ大ならざるなり。上六道を失う、凶なること三歳なり。
現代語訳
「重なる険しさの中で穴の奥に落ち込む」とは、道を失って凶だということである。「求めて少しは得られる」とは、まだ険しさの中から抜け出ていないからである。「来ても行っても険しさが重なる」とは、最後まで功がないことである。「ひと樽の酒と二つの器」とは、剛と柔とが交わることである。「穴の水がまだ満ちない」とは、中の徳がまだ大きく広がっていないからである。上六が道を失い、凶であることが三年に及ぶ。
解説
坎の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。九二の「求めて小しく得」を「未だ中を出でざるなり」と説き、少し得られたからといって、まだ険しさから抜け出てはいないと冷静に見ます。初六と上六の凶はどちらも道を失うことに結びつけられ、困難そのものより道を見失うことが凶を招くとします。六四の簡素な樽酒は「剛柔際わるなり」、上下が誠で交わる姿です。苦境で小さな好転があったときこそ気をゆるめず、自分の筋道を保ち続けることが抜け出す力になります。
この章句が説くこと
苦境油断道冷静
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