易経 / 无妄卦
无妄之往,得志也。 不耕穫,未富也。 行人得牛,邑人災也。 可貞无咎,固有之也。 无妄之藥,不可試也。 无妄之行,窮之災也。
新字:无妄之往,得志也。 不耕穫,未富也。 行人得牛,邑人災也。 可貞无咎,固有之也。 无妄之薬,不可試也。 无妄之行,窮之災也。
書き下し
无妄の往くは、志を得るなり。耕さずして穫るとは、未だ富まんとせざるなり。行人牛を得るは、邑人の災いなり。貞にすべし、咎无しとは、固く之を有つなり。无妄の薬は、試むべからざるなり。无妄の行くは、窮まるの災いなり。
現代語訳
「いつわりなく進む」とは、志を遂げることである。「耕さないうちから収穫を当てにしない」とは、まだ富を求めていないということである。「通りがかりの者が牛を得る」とは、町の人の災いとなることである。「正しさを守ることができ、とがめがない」とは、もともと固く持っているものだからである。「思いがけない病に用いる薬」は、試してはならない。「いつわりなくても動く」とは、行き詰まった末の災いである。
解説
无妄の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。要になるのは九五の「无妄の薬は、試むべからざるなり」です。自分に落ち度のない思いがけない病に、あわてて薬を試すなという戒めで、天のままの事態に余計な手出しをすると、かえって害を招くというのです。六二の、耕さずに収穫を当てにしないことも「未だ富まんとせざるなり」と、利を先に求めない心だと説きます。思わぬトラブルに見舞われたとき、焦って策を重ねるより、落ち着いて成り行きを見極めることが大切な場面があります。
この章句が説くこと
静観無作為焦り誠
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