易経 / 觀卦
初六童觀,小人道也。 窺觀女貞,亦可丑也。 觀我生,進退;未失道也。 觀國之光,尚賓也。 觀我生,觀民也。 觀其生,志未平也。
新字:初六童観,小人道也。 窺観女貞,亦可丑也。 観我生,進退;未失道也。 観国之光,尚賓也。 観我生,観民也。 観其生,志未平也。
書き下し
初六の童観は、小人の道なり。窺い観る女の貞は、亦醜ずべきなり。我が生を観て進退すとは、未だ道を失わざるなり。国の光を観るとは、賓を尚ぶなり。我が生を観るとは、民を観るなり。其の生を観るとは、志未だ平らかならざるなり。
現代語訳
「初六の子どものような浅い見方」とは、小人の道である。「すきまからのぞき見るのは女性が正しさを守るにはよい」といっても、男子であればやはり恥ずべきことである。「自分の生き方を省みて進退を決める」とは、まだ道を失っていないことである。「国の輝かしい政治を見る」とは、賓客として尊ばれることである。「自分の生き方を省みる」とは、民の様子を見て自分を知ることである。「自分のあり方をあらためて省みる」とは、志がまだ安らかに落ち着いていないことである。
解説
観の爻辞に象伝が理由を添えた部分です。印象的なのは九五で、「我が生を観る」を象伝は「民を観るなり」と説きます。自分の生き方の良し悪しは、自分の内側を眺めるだけではわからず、治める民の様子に映し出されるというのです。また六三の「我が生を観て進退す」は「未だ道を失わざるなり」とされ、自分を省みて進退を決める者は道を外れていないといいます。上に立つ人は、自分の評価を部下や顧客の姿の中に見て取り、それをもとに進むか退くかを決めることが大切です。
この章句が説くこと
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