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易経 / 震卦

震來虩虩,恐致福也。笑言啞啞,后有則也。 震來厲,乘剛也。 震蘇蘇,位不當也。 震遂泥,未光也。 震往來厲,危行也。其事在中,大无喪也。 震索索,中未得也。雖凶无咎,畏鄰戒也。周易 第五十二卦 艮下艮上 易經:艮:艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人,无咎。 初六:艮其趾,无咎,利永貞。 六二:艮其腓,不拯其隨,其心不快。 九三:艮其限,列其夤,厲薰心。 六四:艮其身,无咎。 六五:艮其輔,言有序,悔亡。 上九:敦艮,吉。 彖曰:

新字:震来虩虩,恐致福也。笑言唖唖,后有則也。 震来厲,乗剛也。 震蘇蘇,位不当也。 震遂泥,未光也。 震往来厲,危行也。其事在中,大无喪也。 震索索,中未得也。雖凶无咎,畏鄰戒也。周易 第五十二卦 艮下艮上 易経:艮:艮其背,不獲其身,行其庭,不見其人,无咎。 初六:艮其趾,无咎,利永貞。 六二:艮其腓,不拯其随,其心不快。 九三:艮其限,列其夤,厲薫心。 六四:艮其身,无咎。 六五:艮其輔,言有序,悔亡。 上九:敦艮,吉。 彖曰:

書き下し

震の来るとき虩虩たりとは、恐れて福を致すなり。笑言啞啞たりとは、后に則有るなり。震の来ること厲ふしとは、剛に乗ればなり。震ひて蘇蘇たりとは、位当らざればなり。震ひて遂に泥むとは、未だ光いならざるなり。震往来厲ふしとは、危ふくして行くなり。其の事中に在り、大いに喪ふこと无きなり。震ひて索索たりとは、中未だ得ざればなり。凶なりと雖も咎无しとは、隣を畏れて戒むればなり。周易 第五十二卦。艮下艮上。易経。艮は、其の背に艮(とど)まりて、其の身を獲ず。其の庭に行きて、其の人を見ず、咎无し。初六、其の趾に艮まる、咎无し、永く貞にするに利あり。六二、其の腓(こむら)に艮まる、拯(すく)はずして其れ随ふ、其の心快からず。九三、其の限(こし)に艮まる、其の夤(せぼね)を列(さ)く、厲ふくして心を薫(や)く。六四、其の身に艮まる、咎无し。六五、其の輔(ほほぼね)に艮まる、言序有り、悔亡ぶ。上九、艮まるに敦し、吉。彖に曰く、

現代語訳

雷が来るとおそれおののくとは、恐れ慎むことでかえって福を招くのである。笑い声が和やかに響くとは、恐れた後に守るべき法ができるのである。雷が激しく来て危ういとは、剛強なものの上に乗っているからである。雷に震えてうろたえるとは、位がふさわしくないからである。雷に震えてついに泥にはまるとは、まだ大きく輝いていないのである。雷が行き来して危ういとは、危うい中を進んで行くのである。なすべき事は中の位にあり、大いに失うことはないのである。雷に震えて気力が失せるとは、まだ中の道を得ていないからである。凶ではあるが咎がないとは、隣の災いを恐れて自ら戒めるからである。周易 第五十二卦。下も上も艮(山、止まる)。易経にいう。艮(止まる)の卦。背中に止まって、自分の身を意識しない。庭を歩いても、そこにいる人に目を奪われない。咎はない。初六、足先で止まる。咎はない。いつまでも正しさを守るのがよい。六二、ふくらはぎで止まる。上の者を救えずにただ従うので、心が晴れない。九三、腰で止まり、背骨の肉を裂くように無理に止める。危うくて心が焼けるように苦しい。六四、その身で止まる。咎はない。六五、口もとで止まる。言葉に順序がある。後悔が消える。上九、止まることに篤い。吉である。彖伝にいう。

解説

前半は震の爻の注で、恐れ慎むことが福を招き、隣の災いを見て自らを戒めれば凶の中でも咎がないと確かめます。後半の艮は、山が二つ重なって動かない形で、止まることの道を説く卦です。背中に止まるとは、欲の起こる目や口の前ではなく、見えない背中に心を置くことで、そうすれば我が身にも他人にもとらわれません。爻は足先、ふくらはぎ、腰、身、口もと、と下から上へ体の部位で止まり方を表し、始めのうちに止まるのは咎なく、腰で無理に止めるのは心を焼くと言います。六五の口もとで止まり言葉に順序があるのは、発言を慎む者の姿です。仕事でも、欲を感じた最初の段階で止まり、言葉を選ぶことが、無理な我慢より確かな自制だと読めます。

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