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易経 / 臨卦

咸臨貞吉,志行正也。 咸臨,吉无不利;未順命也。 甘臨,位不當也。既憂之,咎不長也。 至臨无咎,位當也。 大君之宜,行中之謂也。 敦臨之吉,志在內也。周易 第二十卦 坤下巽上 易經:觀:盥而不荐,有孚顒若。 初六:童觀,小人无咎,君子吝。 六二:窺觀,利女貞。 六三:觀我生,進退。 六四:觀國之光,利用賓于王。 九五:觀我生,君子无咎。 上九:觀其生,君子无咎。 彖曰:

新字:咸臨貞吉,志行正也。 咸臨,吉无不利;未順命也。 甘臨,位不当也。既憂之,咎不長也。 至臨无咎,位当也。 大君之宜,行中之謂也。 敦臨之吉,志在内也。周易 第二十卦 坤下巽上 易経:観:盥而不荐,有孚顒若。 初六:童観,小人无咎,君子吝。 六二:窺観,利女貞。 六三:観我生,進退。 六四:観国之光,利用賓于王。 九五:観我生,君子无咎。 上九:観其生,君子无咎。 彖曰:

書き下し

咸じて臨む、貞にして吉とは、志正を行うなり。咸じて臨む、吉にして利ろしからざる无しとは、未だ命に順わざるなり。甘くして臨むとは、位当たらざればなり。既に之を憂うれば、咎長からざるなり。至りて臨む、咎无しとは、位当たればなり。大君の宜しきとは、中を行うの謂なり。敦くして臨むの吉は、志内に在るなり。周易 第二十卦。坤下巽上。易経。観は、盥いて荐めず、孚有りて顒若たり。初六、童観す、小人は咎无し、君子は吝。六二、窺い観る、女の貞に利ろし。六三、我が生を観て、進退す。六四、国の光を観る、用て王に賓たるに利ろし。九五、我が生を観る、君子なれば咎无し。上九、其の生を観る、君子なれば咎无し。彖に曰く、

現代語訳

「感じ合って臨み、正しさを守れば吉」とは、志が正しさを行うことである。「感じ合って臨み、吉で不利がない」とは、ただ上の命にやみくもに従うのではないということである。「甘い言葉で臨む」とは、位がふさわしくないからである。それを憂えて改めれば、とがめは長く続かない。「真心を尽くして臨み、とがめがない」とは、位がふさわしいからである。「大君にふさわしいあり方」とは、中庸を行うことをいう。「手厚い真心で臨んで吉」とは、志が内にあることである。『周易』第二十の卦。下が坤(地)、上が巽(風)の卦である。易経にいう。観(みる、示す)は、祭りで手を清めたところで、まだ供え物を捧げる前のような、張りつめた敬虔さである。誠があって、おごそかで人々が仰ぎ見る。初六、子どものような浅い見方をする。小人ならとがめはないが、君子なら恥である。六二、すきまからのぞき見る。女性が正しさを守るにはよい。六三、自分の生き方を省みて、進むか退くかを決める。六四、国の輝かしい政治を見る。王の賓客となって仕えるのがよい。九五、自分の生き方を省みる。君子であればとがめはない。上九、自分のあり方をあらためて省みる。君子であればとがめはない。彖伝にいう。

解説

前半は臨の象伝で、大君の知恵ある臨み方とは中庸を行うことだと説き、甘い言葉で臨んでも憂えて改めればとがめは長く続かないと励まします。後半は第二十卦の観で、地の上を風が吹きわたる姿から、上に立つ者が姿を示し、下の者がそれを仰ぎ見ることを表します。卦辞の「盥いて荐めず」は、祭りで手を清めた後、供え物を捧げる前の最も張りつめた瞬間を指し、その敬虔さに人々が心を打たれるといいます。爻辞は見方の深さを段階的に並べ、子どもの見方、のぞき見、自分の生き方を省みる見方へと深まっていきます。リーダーは見られる存在です。言葉より、日々の姿勢そのものが部下への示しになります。

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