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童子問 / 卷下

問古今史記。亦有巧拙。曰。從昔以司馬遷班固稱良史。文章則有之矣。議論體製則未也。爲人立傳者。其道德事業。節操行義。足師表萬世。而後可以傳之。不然則不可立也。蘇張之姦計詐謀。曠古之罪人也。史遷爲之立傳。何哉。如司馬相如。亦不足傳。貨殖日者龜策等傳。皆然。若欲就此揭示當時風俗人物。須散見之本紀世家之間。不可別立傳。晋孫恩宋李全等盜賊耳。亦別立傳者。何也。葢史遷作俑。而後之史臣無卓識。故不能改其例。可謂汚衊靑史夫班固五行志。亦然。其不可不記者。當附之本紀。其設志。不可也。先儒以范曄著方伎傳。深爲非。甚是。唯歐陽公五代史。體製議論。實爲古今之冠冕。不可不讀。凡關國家之治亂成敗風俗政體。足爲百代之鑑戒者。而後可紀。其瑣瑣事跡。可入小說稗官者。不書爲是。是作史之法也。

新字:問古今史記。亦有巧拙。曰。従昔以司馬遷班固称良史。文章則有之矣。議論体製則未也。為人立伝者。其道徳事業。節操行義。足師表万世。而後可以伝之。不然則不可立也。蘇張之姦計詐謀。曠古之罪人也。史遷為之立伝。何哉。如司馬相如。亦不足伝。貨殖日者亀策等伝。皆然。若欲就此掲示当時風俗人物。須散見之本紀世家之間。不可別立伝。晋孫恩宋李全等盗賊耳。亦別立伝者。何也。葢史遷作俑。而後之史臣無卓識。故不能改其例。可謂汚衊青史夫班固五行志。亦然。其不可不記者。当附之本紀。其設志。不可也。先儒以范曄著方伎伝。深為非。甚是。唯欧陽公五代史。体製議論。実為古今之冠冕。不可不読。凡関国家之治乱成敗風俗政体。足為百代之鑑戒者。而後可紀。其瑣瑣事跡。可入小説稗官者。不書為是。是作史之法也。

書き下し

問ふ、古今の史記にも、亦巧拙有りや、と。曰く、昔より司馬遷・班固を以て良史と称す。文章は則ち之れ有り。議論体製は則ち未だし。人の為に伝を立つる者は、其の道徳事業、節操行義、万世に師表たるに足りて、而る後に以て之を伝ふべし。然らざれば則ち立つべからざるなり。蘇張の姦計詐謀は、曠古の罪人なり。史遷之が為に伝を立つるは、何ぞや。司馬相如の如きも、亦伝ふるに足らず。貨殖・日者・亀策等の伝も、皆然り。若し此に就きて当時の風俗人物を掲示せんと欲せば、須らく之を本紀世家の間に散見すべし。別に伝を立つべからず。晋の孫恩、宋の李全等は盗賊のみ。亦別に伝を立つる者は、何ぞや。蓋し史遷俑を作りて、後の史臣卓識無し。故に其の例を改むること能はず。青史を汚衊すと謂ふべし。夫の班固の五行志も、亦然り。其の記さざるべからざる者は、当に之を本紀に附すべし。其の志を設くるは、不可なり。先儒、范曄の方伎伝を著すを以て、深く非と為す。甚だ是なり。唯欧陽公の五代史は、体製議論、実に古今の冠冕たり。読まざるべからず。凡そ国家の治乱成敗、風俗政体に関はりて、百代の鑑戒と為すに足る者にして、而る後に紀すべし。其の瑣瑣たる事跡、小説稗官に入るべき者は、書せざるを是と為す。是れ史を作るの法なり。

現代語訳

問う。古今の歴史書にも巧拙があるか。答える。昔から司馬遷と班固が良い歴史家とされている。文章はたしかにすぐれている。しかし議論や体裁はまだ十分でない。人のために伝を立てるのは、その道徳や事業、節操や義行が、万世の手本とするに足りて初めて伝えるべきである。そうでなければ伝を立ててはならない。蘇秦・張儀の悪だくみと偽りは、空前の罪人のしわざである。司馬遷が彼らのために伝を立てたのはなぜか。司馬相如のような者も伝えるに足りない。貨殖伝・日者伝・亀策伝なども、みな同じである。もしこれによって当時の風俗や人物を示したいのなら、本紀や世家の中に散らして見せるべきである。別に伝を立ててはならない。晋の孫恩や宋の李全などは盗賊にすぎない。それなのに別に伝を立てているのはなぜか。思うに司馬遷が悪い先例を作り、後の史官に見識がなかったので、その例を改められなかったのである。青史を汚したと言うべきである。あの班固の五行志も同じである。記さなければならないことは、本紀に付けるべきである。志を設けたのはよくない。先儒が、范曄が方伎伝を著したことを深く非としたのは、まことにもっともである。ただ欧陽脩の『五代史』だけは、体裁も議論も、実に古今の第一である。読まなければならない。およそ国家の治乱成敗、風俗や政治のあり方にかかわり、百代の戒めとするに足るものであって初めて記すべきである。こまごまとした事跡で、小説や巷の話に入れるべきものは、書かないのが正しい。これが歴史を作る法である。

解説

ここで仁斎は、史書の書き方そのものを論じる。司馬遷や班固の文章は認めつつも、伝を立てる基準に厳しい目を向ける。伝は万世の師表となる人のためのものであり、蘇秦・張儀のような詐謀の徒や盗賊に別伝を立てるのは「青史を汚す」行為だという。記録に値するのは、国家の治乱成敗や風俗政体に関わり、後世の戒めとなる事柄だけで、瑣末な逸話は書かない方がよい。欧陽脩の『五代史』を冠冕とするのも、この基準からである。記録を残す立場に立つとき、何を書き何を書かないかという選択そのものが価値判断であることを、この章は思い出させる。

この章句が説くこと

史書記録伝鑑戒司馬遷道

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