童子問 / 卷下
問。學者好作詩。無害干道乎。否。曰。詩吟詠性情。作之固好。不作亦無害。古人以六藝敎人。甚有意思。人而無藝。必不能成材。其人亦可知矣。醫書云。五菓以爲輔。然多食必有害詩雖藝中之雅翫。然甚嗜焉。則必有害。若夫山林隱士。遺世無營之徒。聊詠懷抒情。發其幽鬱無聊之心。固可矣。公卿將相。學士大夫。身有職務者。苟溺心於詩。則志荒業隳。可戒。
新字:問。学者好作詩。無害干道乎。否。曰。詩吟詠性情。作之固好。不作亦無害。古人以六芸教人。甚有意思。人而無芸。必不能成材。其人亦可知矣。医書云。五菓以為輔。然多食必有害詩雖芸中之雅翫。然甚嗜焉。則必有害。若夫山林隠士。遺世無営之徒。聊詠懐抒情。発其幽鬱無聊之心。固可矣。公卿将相。学士大夫。身有職務者。苟溺心於詩。則志荒業隳。可戒。
書き下し
問ふ、学者好んで詩を作る。道に害無きか、否や、と。曰く、詩は性情を吟詠す。之を作るも固より好く、作らざるも亦害無し。古人六芸を以て人に教ふるは、甚だ意思有り。人にして芸無ければ、必ず材を成すこと能はず。其の人も亦知るべし。医書に云ふ、五菓以て輔と為す、と。然れども多く食へば必ず害有り。詩は芸中の雅翫なりと雖も、然も甚だ之を嗜めば、則ち必ず害有り。夫の山林の隠士、世を遺れて営み無きの徒の若きは、聊か懐ひを詠じ情を抒べて、其の幽鬱無聊の心を発するは、固より可なり。公卿将相、学士大夫、身に職務有る者、苟も心を詩に溺らせば、則ち志荒み業隳る。戒むべし。
現代語訳
問う。学者が好んで詩を作るのは、道にとって害がないかどうか。答える。詩は性情をうたうものである。作るのももちろんよいし、作らなくても害はない。昔の人が六芸(礼・楽・射・御・書・数)で人を教えたのは、深い意味がある。人として芸がなければ、必ず人材として成ることはできない。そういう人の程度も知れよう。医書に「五つの果物は(穀物の)補いとする」とある。しかし多く食べれば必ず害がある。詩は芸の中でも雅やかな楽しみであるが、あまりにも好みすぎれば、必ず害がある。山林の隠者や、世を捨てて何の営みもない者が、いささか思いを詠じ情を述べて、その鬱屈した退屈な心を晴らすのは、もちろんよい。公卿や将相、学者や士大夫など、身に職務のある者が、もし心を詩に溺れさせれば、志はすさみ仕事はくずれる。戒めるべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之二・為学下一博学にして経書に通じ、義理を説く人も、其心術行迹あしくして、俗人におとれるもあり。是道に志なくして、道を我が心に得ざればなり。口に読みならひ、目に見おぼえても、其理を心に得ざれば益なし。たとへば美食芳樽前に多くつらなれども、これを飲みくらはざれば、食にもあく事なく、酒にゑふ事もなきが如し。書を読んで行あしき人あるをうたがふ人あり。これを以て疑をはらすべし。書をよみても道に志なくば、文字を知れるのみにて、心において益なし。是無用の学なり。ここを以て、学をするにはまづ志を本とすべし。
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『童子問』卷下問ふ、今時の学者、何ぞ聖学に志す者の少なくして、雑学を好む者の多きや、と。曰く、豪傑なる者は少なくして、庸材なる者は多し。古今皆然り。予養鷹者の説を聞く。鷹の捷き者は、必ず先づ鶴の最も大なる者を撃つ。其の捷からざる者は、必ず鶴の小なる者を見て之を撃つ。鷹の最も神俊なる者を、海東青と号す。建酋に産し、海内には得べからず、と。韓欧の古文を好む者既に少なく、伊洛の学に志す者益々少なし。況んや孔孟の正学に志す者は、千万人中の一人のみ。其の韓欧の古文を好む者は、鶴の稍小なる者を撃つの類なり。伊洛の学に志す者は、鷹の捷き者なり。孔孟の正学に志す者は、建酋の海東青なり。其の雑学・詞章・記誦の類を好む者は、亦小隼の麻雀鶉鷃を撃つの類のみ。貴ぶに足らず。子其れ自ら励む所を知らざるべけんや。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上一学問はまづ志を立つるを以て本とす。志とは心のゆく所なり。道を知り行ひて、君子に至らんと思ふ心常におこたりなく、念々やまざるを、志を立つると云ふ。志たたざれば学ぶこと成就せず。故に古人も、志ある者は其事つひになるといひ、又志たつは学の半なりといへり。たとへば弓いる者の、的に志し、道ゆく者の、宿に志すが如し。よろづの事、まづ本をつとむべし。志を立つるは学問の本なり。志を立つるには勇猛なるべし。柔弱にして怠るべからず。おこたれば験なくしてはかゆかず。道を求むるにせちなる志は、たとへば飢ゑて食を求め、渇きて湯水を求むるが如くなるべしわづかに悠々としておこたれば、志すたる。唯此道に心を一すぢにすべし。
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うひ山ぶみ・注[ロ]かのしなじなある学びのすぢすぢ外の国の事に用ひんよりは、わがみづからの国の事に用ひまほしく思ふ也、その勝劣のさだなどは、姑くさしおきて、まづよその事にのみかゝづらひて、わが内の国の事をしらざらんは、くちをしきわざならざらんや、志を高く大きにたてて云々、すべて学問は、はじめよりその心ざしを、高く大きに立テて、その奥を究めつくさずはやまじと、かたく思ひまうくべし、此志よわくては、学問すゝみがたく、倦怠るもの也、主としてよるべきすぢは云々、道を学ぶを主とすべき子細は、今さらいふにも及ばぬことなれども、いさゝかいはば、まづ人として、人の道はいかなるものぞといふことを、しらで有べきにあらず、学問の志なきものは、論のかぎりにはあらず、かりそめにもその心ざしあらむ者は、同じくは道のために、力を用ふべきこと也、然るに道の事をば、なほざりにさしおきて、たゞ末の事にのみ、かゝづらひをらむは、学問の本意にあらず、さて道を学ぶにつきては、天地の間にわたりて、殊にすぐれたる、まことの道の伝はれる、御国に生れ来つるは、
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